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| 名前 |
開善寺墓地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
臨済宗畳秀山開善寺は藩政時代小倉を代表する大寺院で旦過にあり小倉を訪れた幕府要人などが宿所としました。また、小倉新田藩主小笠原氏の菩提寺などでもあります。このため、墓地内には小倉新田藩初代藩主小笠原眞方公夫妻の墓、小倉藩家老で藩政改革新田開発を進め大きな成果をもたらしたものの政変で蟄居獄死した犬甘兵庫知寛夫妻の墓、小倉藩家老で幕末小倉戦争で小倉城を自焼し香春に退いた責任を負って自刃した小宮民部の墓などもあります。また、享保年間の大飢饉餓死者供養塔である保享印塔(宝篋印塔)は一段上がったところにあります。