安部山公園で歴史の息吹を感じて。
和気清麻呂像の特徴
朝廷の功臣、和気清麻呂公の像が安置されている場所です。
見晴らしの良い安部山公園の最頂部に位置しています。
聖武天皇や光明皇后に関する歴史を感じられる史跡です。
説明文を読んで頂ければ簡単なことはお判りになるだろうが・・今少し・・聖武天皇と光明皇后の内親王だった孝謙天皇、重祚して称徳天皇となる。重祚する前は淳仁天皇に譲位していた。この時である。道鏡が台頭したのである。再び天皇になり(称徳天皇)皇太子を立てずにいたため道鏡を次の天皇にするのかと噂までたったということである。ときに宇佐神宮は道鏡を天皇にせよとご神託があったと告げるのだ。ところがこれが信用されず(称徳天皇は臣下を天皇にということで相当に狼狽したことであろう)、和気広虫(女性)に相談し、その弟清麻呂を宇佐に派遣することにしたのである。果たしてその答えは「無道の人はよろしく早く掃き除くべし」であった。この劇的な一言で全てが変わるのである。道鏡は激怒し、広虫と清麻呂を流罪にするのである。そこで清麻呂は宇佐に流れ着き神託を得この地湯川に到着するのである。しかも猪の背中に乗って。足の腱を切られていた清麻呂はこの地に湧く霊泉につかり足が立ったと言うのである。だからこの後背地である山を「足立山」と言うのである。また、近くには妙見神社(全国妙見さんの総本山)猪が狛犬というのでこれも有名になった。日本を護ったと言っても過言ではない人物がこの地にある時期に住んでいたんだな。
| 名前 |
和気清麻呂像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
安部山公園の最頂部に、朝廷の功臣として名高い和気清麻呂公の像が安置されています。皇位を簒奪しようと目論んだ道鏡の企みを阻止したことで命を狙われ、足の腱を切られた際、この地で湧き出る霊泉で癒やした事で怪我が治り再び立ち上がる事ができたという逸話が残っています。そんないわれから、安部山公園の設立者の安部熊之輔が大正11年(1922年)に像を建立。平成3年10月に起きた地震で頭部が破壊、胴部も劣化がはげしかった為に撤去。しかし、再建を望む声が高まり、平成5年1月に新しく像が建てられ、公園のシンボルとして現在に至ります。桜の名所で有名な安部山公園。像の周りも桜が植樹されていて、春先は綺麗な景色になります。