小倉駅前に佇む森鴎外の碑。
森鴎外京町住居跡碑の特徴
森鴎外が住居していた京町の碑が無料で見学可能です。
小倉駅からペデストリアンデッキを通り、アクセスしやすい立地です。
地元の歴史を感じられる質素な日本家屋が手入れされています。
文豪&軍医の「森鴎外」のかつての家があった場所に建てられた「森鴎外京町住居跡碑」北九州市の京町にあり、多くの人々❔が訪れています。小倉駅や有名なシロヤベーカリー小倉店から…すぐ場所なので手軽に訪れることのできる史跡です。
小倉駅前の喧騒と猥雑さの中に、埋もれるように碑が建っています。このカオスの中に、日本を代表する文豪の旧居跡か在ったとは想像だにしませんでした。でも、鴎外が京町に住んでいた時は、小倉駅はこの場所に存在していませんでした。いまのような「駅前」の雰囲気とは大きく違っていたと思われます。鴎外は陸軍第12師団の軍医として、明治32年6月から明治35年3月をこの小倉で過ごし、小倉時代の後半をこの京町に在った住まいで暮らしました。茂子夫人との新婚生活であったと言います。鷗外はこの小倉時代に一本も小説を書いていないとか。小倉三部作と言われる「鶏」「独身」「二人の友」は、すべて東京に移ってから執筆されたものだそうです。碑文には「小倉駅が移転し旧居が駅前広場となってしまった。実際はこの碑から南に25mのところに在った。」と書かれていますが、その後にまた移転をして、現在は実際に旧居が在った場所に碑があります。鴎外が小倉を離れる際には、その別れを惜しみ、千人もの小倉市民が駅に見送りに来たそうです。御人柄が偲べるエピソードですね。
小倉駅前の繁華街の中にひっそりと佇むように建てられている。小倉にゆかりの文豪、森鴎外の住居跡の碑。数度の移転の末、1998年春から南西側エスカレーターを降りたこの場所にある。近くにはマクドナルドやパンの名店シロヤなどもある。
森鴎外が軍医部長として小倉にいたときの居住跡の石碑。小倉駅から魚町銀天街に向かうエスカレーターの脇にひっそりと建てられている。
小倉駅、後は帰るかと少しぶらついていたら此方の碑を発見地元と言っても120km以上離れた県だけが同じ津和野町出身の軍医で小説家東京の団子坂上に記念図書館が、有ります。
小倉に着いて、夕飯を食べるために駅からペデストリアンデッキを伝い、地上に降りたらあった。小雨が降っていたからか、新しいからか、夕闇の街の灯を反照していたので、立ち止まってみた。後に鍛冶町の旧居も尋ねたが、ココ京町の住居跡は商業ビルになっているようで、碑で後世に残すことしか術がなかったようだ。と思ったら、下にも解説があり、碑自体移転されたようで、これは住居跡の地点に立っているとのこと。
小説家、評論家であり官僚、陸軍軍医など多くの肩書きを持つ。彼の小倉での生活が社会の周縁や人々への親和を獲得する礎となったとされる。碑の前に立つと住居を構えた当時、北九州の玄関口といえば門司港であり、現代は小倉が玄関口の役割を担っていることに歴史の移り変わりを感じる。
| 名前 |
森鴎外京町住居跡碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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小説家の故•森鴎外の住居があった所。1977年にここから少し離れた小倉駅前広場ロータリーに設置された後、あちこち引っ越し、2016年の駅前広場再整備に伴い現在の地に移転、ようやく自宅に戻ってきたそうです。まさかこんな賑やかな場所になるとは、当時は思わなかったでしょうね。