帰る山に包まれ、鹿蒜神社で心静かに。
鹿蒜神社の特徴
静かで落ち着く雰囲気が魅力の神社です。
すぐ目の前には美しい川が流れています。
背後にある帰る山は特別な存在です。
福井県南条郡南越前町鹿蒜(かひる)神社静かで落ち着く神社⛩すぐ目の前には川もあり、山も。今回、目の前の川の氾濫で水害のあった地域で、ボランティアに参加した際に、すぐ隣の鹿蒜神社に参拝することができた鹿蒜神社由緒当神社は文武天皇の文武2年(698)3月15日創立の古社にして加比留神社とも称せらる。当地は奈良時代より鹿蒜郷宿駅が置かれ、中世鹿蒜郷加恵留保の所在地として名高く鹿蒜郷鎮守の神として厚く崇敬されたり。第60代醍醐天皇の勅命により延喜5年(905)編集されし延喜式神名帳記載の式内社なり。御祭神 伊弉諾尊(日本開闢の神)誉田別尊武甕槌命現在の本殿は大正8年拝殿は大正6年再建なり境内社秋葉神社(火産霊神)元禄2年稲荷神社(稲保命)元禄2年金比羅神社(金山彦命)嘉永3年社頭掲示板よりかの紫式部も越前守となった父 藤原為時に従い、武生へ下向するときに、木の芽峠を越え鹿蒜郷で一泊、この鹿蒜神社に参拝しているそうです。神社境内内にある木も見事でした。何の木かな。
非常に美しい(原文)很美。
鹿蒜神社の背後にある山が「帰る山」こんな名前の山が街道沿いにあったら、旅人はこれを題材に何か歌でも詠もうかな、という気になるだろう。しかもそれが都を遠く離れた雪深い越路にあったのだから、行ったことのない人まで思わず「帰る山」の歌を詠んでみたくなるだろう。とても多くの歌人が「帰る山」を詠んだ歌を残しているが、実際に現地を訪れたことのある歌人はそのうち何人いるのだろうか。それはともかく、「帰る山」は現在の福井県にある歌枕としては、トップレベルの存在だと思う。これに匹敵できる歌枕は「愛発山」ぐらいか。「玉江」も「朝六つ」もマイナーだし、「白山」は今となっては石川県。そんなことを考えると、「帰る山」は地元や行政がもう少しアピールして良いのではないかと思う。「帰る山」を詠んだ歌の紹介「可敝流廻の 道行かむ日は 五幡の 坂に袖振ふれ我をし思はば」(万葉集)
| 名前 |
鹿蒜神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.jinja-fukui.jp/detail/index.php?ID=20160822_111519 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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鹿蒜神社(かひるじんじゃ)。福井県南条郡南越前町南今庄。式内社(小)、旧村社。【祭神】誉田別尊 伊弉諾尊 武甕槌命資料によると、社伝によると、文武天皇二年(698)三月十五日の創祀。当社の社号「鹿蒜」は「かひる」と読むが、「かえる」とも「かいる」とも呼ばれているらしい。当地も昔の資料には「帰村」とあり、帰橋の名も、その変化の名残だろう。式内社・鹿蒜神社に比定されている古社。この地は奈良時代より鹿蒜郷宿駅が置かれた交通の要衝であった。996年(長徳2年)、越前国司となった父の藤原為時とともに越前国府(武生)へ向かう紫式部が参拝したといわれる。集落の中に鎮座する。本殿は一段上にあり。明治時代までは八幡宮と称したようで、筆頭祭神は誉田別尊(応神天皇)となっている。とあります。