歴史が刻まれた供養塔へ。
トトメキの追分石の特徴
ここには阿弥陀信仰の念仏が刻まれ、特別な雰囲気を醸し出しています。
道標を兼ねた餓死供養塔が、深い信仰心を感じさせます。
享保20年と宝暦2年に建立された歴史的な碑が魅力的です。
某ブログを読んで来ました。追分石兼飢饉供養塔があります。
これら2つの石碑は、それぞれ享保20年(1735)と、宝暦2年(1751)に建立された阿弥陀信仰の念仏を刻んだ碑で飢餓の死者を供養する目的があったと思われます。追分石を兼ねており、道路標識の役目の他に石の霊力によりここから村への災いの侵入を防ぐ願いも込められています。このあたりを「トトメキ」といい瀬音に由来する地名と思われます。追分石としては市内で最古のものです。平成10年3月 二戸市※トトメキの追分石[南無阿弥陀仏六字名号碑(なむあみだぶつろきじみょうごうひ)]の説明板より。
| 名前 |
トトメキの追分石 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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道標を兼ねた餓死供養塔が2つあります。1つは宝暦二年のもので、南無阿弥陀仏と書かれた下に「左ハふくおかみち?/右ハ?」とありそうですが読めません。もう一つは享保二十年のもので、南無阿弥陀仏と書かれた左右に「左ハふくおかみち/右ハしもとまいみち」とあるみたいです。数多くの飢饉に襲われた地なので、これだけ餓死供養塔が建てられ残っているのかもしれません。北東を向いており、逆光で正面の文字が読めませんでした。朝だと読めるかもしれません。