一乗谷の巨石群、歴史の迫力。
下城戸跡の特徴
一乗谷朝倉氏の防衛ラインとしての役割が際立つ立派な虎口型の巨石群です。
高さ4mの土塁や深さ3mの外濠が迫力のある防御力を誇っています。
見学には駐車スペースが限られており、到達がやや難しい場所です。
博物館から歩いてこちらへすごい石垣が間近で見られましたこのあと復原町並みまで歩くつもりもここでUターン😑次回リベンジしたいな。
こんな大きな石を積み上げるとはこの時代にこれだけの事を出来たのは流石朝倉です。これだけの石垣だともう30年は後ですね。迫力あり。
一乗谷城の防御の為に築かれた城。一乗谷の北側の谷が最も狭まるところに構築されている。土を盛り上げて構築された下城戸は、基底部で幅12〜19m、上面で幅6〜9mはあるという。高さは約4m。道路により一部が削り取られていますが、現存長は38mを測ります。城戸の外側にあたる土塁北側には、幅約10mを測る濠が作られていますが、深さについては不明。土塁の西側には巨石を組み合わせた通路があり、ここが城下町への出入り口となっていたとなこと。この通路は、外側から町の中が見通せないように矩折状に作られているところに最大の特色を見ることができます。城戸の内側は広場的な空間となっており、その広場の南側には町屋地区が形成されていることが、発掘調査の成果から知られている。朝倉氏の栄華が分かる遺跡です。石垣の大きさ、防御壁には圧巻する。
一乗谷朝倉氏遺跡は以前にも行ったのですがここには行ってなかったので、今回大野城に行った帰りに立ち寄りました。大きな岩が迫力があって素晴らしい。駐車場がないので手前の入口の所2台分のスペースか路肩に停めないといけません。
一乗谷朝倉氏遺跡城下町に入るための関所のようなところ。何トンもある大きな石がピッタリと積み上がっている様子に当時の朝倉氏の財力や権力の強さを感じる。入り口前にL字クランク。細い道を20mほど高い石垣で囲い、敵に攻め入れられることのないように上木戸が反対側の城下町入り口。復原遺跡の駐車場後方にあります。上=京都に近い方。
朝倉氏遺跡博物館から徒歩10分程度にあり、ここから朝倉氏の街並みの遺跡が復元施設まで続いている。車ではじっくり見ることが出来ないので徒歩か自転車がおすすめ。
一乗谷の出入り口にあたる門戸で、上城戸と並んで防衛拠点とされていた場所。巨石で造られた石垣通路と、一乗谷川を活かしたお堀で、かなり効果的に谷の出入り口を防備しています。
本来は一番先に訪れるべき場所かな? 駐車場がないから、博物館に車を停めて歩きました。運良く列車にも出会えたし、道中ののどかな風景も魅力的。
下城戸のは一乗谷の遺跡全体みても無いような巨石が並んでいます。一乗谷の入り口を守る関として異様を誇ったのでしょうね。堀と盛り土の横を通った先に巨石による虎口があり、朝倉家の高級感も出しているような気がします。盛り土の上は広く、立派な建物と名産の笏谷石の瓦がで迎えていたでしょう。道路の反対側には足羽川に繋がる川があり、水路を利用した物流が成り立っていたとのこと。下城戸は水路も含めて関となったでしょうから、相当立派な構えがあったのでしょう。復元してくれると嬉しいですね。
| 名前 |
下城戸跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0776-41-2173 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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巨石!2026年2月中旬、一乗谷探訪の際に寄りました。設置してある駒札には——————————————————————3下城戸東西の山が迫り、幅が約80mと最も狭まった谷の入口に設けられた重要な防御施設がこの下城戸です。この1.7km上流に設けられた上城戸と共に城下町一乗谷の中心となる城戸ノ内を区画しています。この城戸は、基本的には幅約10m・深さ約3mのと幅約15m・高さ4.5mの土塁、そして3.6m離れて道路をさえぎるように食い違いに配置された同様の土塁によって構成されています。なお、濠は一乗谷川と直接つながっていると考えられます。また、出入り口部には、重さが10トンを超す巨大な石を積み上げており、それらの中には40トンを超すものもあります。城戸の内側には西の山裾から突出する土塁の南辺に沿って土塀の基礎部と推定される幅約1.5mの小土塁が設けられており、その間が広場となっていたと考えられます。そして、南には小規模な屋敷が連続して検出されており、中には越前焼大甕を30個備え付けた建物もあり、商人・職人などの町屋が接していたと考えられます。————————————————————-とあり巨石が人工的にレイアウトされているのは圧巻でした。