神社の魅力、誉田別天皇に会える。
鎮守八幡神社の特徴
地域の人々に愛される、木々の魅力が際立つ神社です。
鳥居と社殿が揃った、大きな規模が印象的な神社です。
鎮守八幡神社ならではの特別な雰囲気が感じられます。
こんな木に出会うことができるのも、神社の魅力ですね。
鳥居と社殿がある、このあたりでは比較的大きな神社です。文久年間の鳥居や天明年間、天保年間、嘉永年間の燈籠があり、見どころ多数です。謂われ書きや地神さん、数基の祠もあります。
| 名前 |
鎮守八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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御祭神は、 誉田別天皇 祕羽目神 足濱目門比賣神。延喜式内社 秘羽目神足濱目門比賣神社二座の論社の一つです。ご由緒もとは、秘羽女神社という。現在の社地の南側に鎮座していたが天正年間(1573~1591)、武士の起こした戦により火をかけられ、神宝・社記など社殿と共に、すっかり焼失した。その後、現在の位置に式内秘羽女神社として再建した。ところが、蜂須賀氏が阿波藩の領主となり、式内小社秘羽女神社の社号は、さしつかえがあるとされ、なまえを変えるよう申し渡された。その結果、誉田別命と合祀して鎮守八幡神社と改称したのであると伝えられている。明治8年(1875)になり、あらためて村社となった。ここに至り、おもい起こせば鎮守八幡神社のもとは、いうまでもなく秘羽女神社であり祭神は秘羽女神と足浜目門比売神を合祀していた。しかも、この土地の小字名を「日和女」といい、社地の西南200mにいつのころたてられたかはわからないが、ともかく日和女塚さえあり、延喜式内小社(延喜式という公撰の本に書かれている神社の中でも古い神社であることを示したもの)と過去において、信じていた時代もあったといわれている。大正3年(1914)10月28日、天満神社・事代主神社を合祀、ついでは大正5年(1916)7月1日吉野川改修工事の為、移転しなければならなくなった北須賀の村社、中道神社・猿田彦神社を合祀して現在に至っている。境内由緒書き より。