十文字峠の小松の塔と不思議。
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| 名前 |
小松の塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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十文字峠の案内板及び直近の道標では"小松姫塚"となっていますが実物の隣の標柱には"小松の塔"と書かれています十文字峠から地蔵峠へ向かう途中見かけたのですがぱっと見、里程標が小松の塔に見えます里程標には"地蔵峠是ヨリ一里半"と書いてあるんですがグリーンロード沿いに遠回りしても3km程度しかないですし実距離は2km程度なので不思議な感じがします半里の間違いだったんでしょうか?そして肝心の"小松姫塚"の"小松姫"って誰?って話ですがこの書き方では語弊があるように感じます普通に考えたらお市の方などのように前半部分はその人の名前のような感じがしますがそもそも平重盛が六波羅小松第に住んでいたことから"小松殿"と呼ばれていたので、単純に平重盛の娘という意味です重盛の妻には娘は生まれなかったので実際は清盛の娘の徳子と家盛の娘が養女となっていますが徳子は京に送還されているので家盛の娘ということでしょうか?ただ、夫の原田種直自身は天寿を全うしていますし子供の内の1人も秋月氏の祖となっているので母親だけが亡くなるというのも考えにくいような気がしますですので結局誰なのか謎ですもしかすると同行の女房の一人が亡くなったのが巡り巡って重盛の娘ということになったのかもしれませんあと、壇ノ浦の戦いで負けた後、このルートを通ってどこに行く予定だったのでしょうか?落人伝説的には大分の緒方氏を頼って八幡浜から五家荘まで逃げ延びたことになっています清和村を通る方が10kmほど近道ではありますがルート的には通らなくもないような気がしますそれにしても全て推測に過ぎないので諸行無常を感じましたすぐそばに猿田彦大明神の碑もあります。