香川県高松の牟礼城跡で歴史散策。
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| 名前 |
牟礼城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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この牟礼城跡は、香川県高松市高松町津の村に位置します。ここは、前田山(標高282m)から北方面に派生した竜王山の先端付近にある!高松藩儒学者の中山城山氏の全讃誌に依れば、現在住まわれている揚(あげ)氏住宅が牟礼城跡と書かれているが、明治維新の神仏分離令(1868 年)で讃岐(香川県)の東讃地区を調査、改革した志度の多和神社宮司である松岡調氏はその場所を否定している!?その場所は牟礼村ではないので、間違いであると!小姓もかねてより調査したが、いまだにハッキリとはしない!?牟礼城主は牟礼孫兵衛で、元和元年(1615年)大坂夏の陣の若江の戦いで討ち死にしている!その場所に1630 年以降に揚氏が移つて来たのである!揚氏は元、平家一族の平盛正と云い、戦国時代に十河城の養子の一存の家老として阿波国祖谷地区から来たのである!名前を久保に改名しその子孫の四代目幸方の時、現在地に移転する!六代目好清の時、上野と改名。九代目元徴の時、揚分徴と改名。十一代目の時明治維新となる。余談ではあるが、かつて揚屋敷は巨大な塀で囲まれていた門があり、江戸時代には全国長者番付の上位にいたこともある家系である!古高松誌にはこの場所は第12代景行天皇の息子の神櫛王の館であつたとも云う!?