鏡山城と槌山城の魅力。
曾場ヶ城跡の特徴
安芸国支配の重要な一角を占める曾場ヶ城跡で歴史を振り返ることができる場所です。
鏡山城や槌山城と共に大内氏の拠点としての歴史が感じられる史跡です。
大内氏による影響を色濃く残す、東広島市の歴史的な名勝地として知られています。
2014年の頃の写真を載せました。敵襲の時に弓や矢を作るための矢竹が成長し過ぎてトンネルになってたのが印象的でした。豪雨災害後は行ってないのでどうなってるか気になるところです。
| 名前 |
曾場ヶ城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
鏡山城、槌山城(明神山城)と合わせて、大内氏による安芸国支配の拠点の一つです。別名杣城。登るのにはぼちぼち骨が折れますが、綺麗に整備もされており、山道では携帯電話も通じることから、変な気さえ起こさなければちょっとしたハイキングなどに都合がいいと思います。山頂からの眺めは木が茂っていてまあまあといったところ。双眼鏡を使えば広島空港も見れます。ただし駐車場はありません。史跡としての見どころはやはり石垣、堀切でしょうか?石垣は割によく残っています。が、正直、城としては規模や藪などを考えて、私は槌山城や鏡山城の方をオススメします。【歴史】大永3年(1523年)の鏡山城合戦で大内氏は一時東西条を失陥しますが、同5年ごろには東西条と周辺国人の従属状態をほとんど回復し拠点を当城に移しました。一時、弘中隆包が入ったものの、天文年間に平賀氏で父子争いが起きると、隆包は頭崎城攻略に難航。代わりに杉隆宣が当城に派遣されます。後に隆宣が第一次月山富田城合戦で敗死したことで、すでに安芸国守護代に任官されていた弘中隆包が守護代として新たな拠点である明神山城(槌山城)を築き、当城は廃城になりました。曽場ヶ城は20年ほどの短期間しか使われていませんが、西条盆地や志和盆地、高屋方面を見下ろせ、山陽道最大の難所であった麓の大山峠を監視できる位置にある大規模城郭ということで、出雲尼子氏との対立の中で境目地域の緊迫した状況が伝わってくる城です。昨年(24年)に市の指定遺跡になりました。上がられる方はお気をつけて登ってください。