桜舞う旧相模川橋脚、歴史を感じる懐かしさ。
関東大震災出土橋脚復元展示の特徴
吾妻鏡に記された源頼朝が渡った歴史的な橋脚の場所です。
桜の季節には多くの人が訪れ、見事な景色が楽しめます。
関東大震災の液状化で出現したレプリカも見逃せないスポットです。
現在の相模川はここから2kmほど西側を流れていますが、鎌倉時代はこの下町屋付近を流れていたんだなあという思いです。頼朝がこの橋の完成を祝う「渡り初め」からの帰り道、この付近で落馬しました。その直後に頼朝は亡くなっており、この橋が歴史の舞台のひとつであることは間違いありません。この巨大な木の杭は関東大震災の液状化現象によって出現したとのことで、歴史と自然の面白さを感じます。
桜の名所があるというので「旧相模川橋脚」にやって来た✌️・旧相模川橋脚(きゅうさがみがわきょうきゃく)は、大正時代と平成時代、二度の大きな地震によって姿を現した極めて珍しい歴史遺構。国指定の史跡および天然記念物にも指定されている。●1. 歴史的背景:100年越しの再会この橋脚は、平安時代末期の1198年(建久9年)に、源頼朝の重臣であった稲毛重成(いなげしげなり)が亡き妻の供養のために相模川に架けた橋の支柱。・1923年(大正12年)の関東大震災: 地震による液状化現象で、水田の中から突如として7本の杭が出現した。・2001年(平成13年)の調査: 保存整備のための調査で、さらに3本の杭が見つかり、計10本の杭が確認された。●2. なぜここにあるのか?現在の相模川はここから2kmほど西を流れていますが、鎌倉時代当時はこのあたりを流れていました。過去の大きな地震や洪水によって川の筋が変わり、橋脚は長い間、地中深く(泥層の中)に密閉されていたため、腐食せずに当時の姿を留めることができた。●3. 日本初の「二重指定」この遺構は、歴史的な価値だけでなく、科学的な価値も非常に高いのが特徴。史跡: 中世の橋の構造を知るための貴重な資料。天然記念物: 地震による「液状化現象」の痕跡をはっきりと示す地質学的な資料。※歴史遺構が天然記念物としても指定されるのは、全国的にも非常に珍しいケース。●4. 復元された景観現在は史跡公園として整備されており、出現した当時の杭の様子が再現されている。🟧 桜𓂃🌸𓈒𓏸の花びらが水面に散っていて光り輝き、桜の木とともにとっても美しい❣️‼️この季節ならではの情景❣️❣️❣️‼️
ここの桜は散ってからが美しい!茅ヶ崎で花筏が見られる貴重な場所!
こちらの史跡は、吾妻鏡によれば建久9年(1198)に源頼朝が渡った橋の橋脚とされています。橋脚が発見された経緯は、大正12年(1923)の関東大震災による液状化現象により水田から鎌倉時代の橋脚が発見されたというものです❗️国の史跡に指定されています❣️神奈川県の歴史の本を読んで、一度見てみたかったんですよね🤩現在、こちらの史跡の地上に出ているのの橋脚のレプリカで、本物の旧橋脚は遺跡調査後に埋め戻しされ保存されています茅ヶ崎駅と平塚駅の中間地点にあり公共交通機関ではなかなか行きづらいところにあったので、友人が車で遊びに来る機会に連れてってもらいました🚗この相模川の河口周辺の地域を馬入(ばにゅう)といって、歴史資料を読んでいると相模川のことを「馬入川」と呼ぶケースがあります。大正時代の日記とかを読んでいると東海道線の相模川橋梁を渡る際に「馬入川」と記録されていますし、相模川右岸側(平塚側)には馬入川に関する史跡も残っています✏️
源頼朝がこの橋の竣工式後に義経の怨念によって落馬し死亡したと由縁のある場所。
何かが埋まってる場所❗
規模は小さいですが桜の季節には多くの人が訪れます。駐車場はありません。
茅ヶ崎西IC近くにある関東大震災の液状化で出てきた旧相模川橋脚のレプリカがある場所桜も綺麗にこの季節はおすすめ🌸
| 名前 |
関東大震災出土橋脚復元展示 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/bunka_rekishi/shiteibunkazai/1006254.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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源頼朝が橋の渡り初めをした橋🙁