万代池畔の歴史と共に歩く。
大阪府女子専門学校・大阪女子大学 発祥之地の特徴
大阪府女子専門学校の発祥地は1924年に設立されました。
大阪帝塚山の高級住宅街にある立派な記念碑です。
近隣には万代池公園やポアール帝塚山本店があります。
万代池の畔で高級住宅街に大阪府女子専門学校、大阪女子大学の発祥地であるとはビックリです。近隣に帝塚山学院が有るが此処とダブってしまう。現在跡地は福祉施設に成っていって有効に活用されている。
| 名前 |
大阪府女子専門学校・大阪女子大学 発祥之地 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大阪府女子専門学校・大阪女子大学 発祥之地の立派な記念碑は、大阪帝塚山の高級住宅街の中に威風堂々と設けられています『社会福祉法人帝塚山福祉会』の老人ホームの白柵の真横です南海高野線帝塚山駅から徒歩10分ほど、阪堺電車姫松駅から徒歩6分ほどですすぐ近くに『万代池公園』や洋菓子屋さんで有名な『ポアール帝塚山本店』があるので、散歩コースとして歩くのに最適です大阪府女子専門学校は1924年(大正13年)に、修業年限3年で国文学科・英文学科・家政理学科) および予科 (修業年限1年) でスタートしました高等女学校(現在の中1〜高2)卒業者と予科修了者が入学しました高女卒業者が進む現代の女子大のような位置付けです修業年限は3年で、国文学科・英文学科・家政理学科があり、授業は教室だけではなく化学実験室や割烹教室で行われました当時としては画期的な女子専門の高等教育です戦前の日本では有名な『津田英学塾』や、官製系の『奈良女子高等師範学校』、キリスト教系の『活水女子専門学校』などが女子高等教育の先陣を切っていました大阪にはこの大阪府女子専門学校があります昭和初期の戦前にすでに、頭脳明晰な女性の進路や就職の道を切り拓きましたまだまだ女子の人身さえ危うい時代でしたしかしその後、満州事変(1931年)から日中戦争(1938年〜)、第二次世界大戦(1941〜1945年)と15年戦争が続きましたが、戦後1949年に再び新制大阪女子大学としてこの地で発足しますこの史跡からは、女性の地位確立についても、進歩と復古の対立という波乱の歴史を垣間見れます写真1)ありし日の校舎全景、どこか現在現役の大阪府庁舎と似ていて懐かしい写真2)万代池のすぐ隣り、周りはほとんど田んぼで驚きです写真3)校門風景(帝大のような)写真4)校長訓話(立派な講堂)写真5)化学実験室写真6)割烹教室。