御朱印豊富な円満寺で参拝!
新庄聖天 円満寺の特徴
多彩な御朱印が揃う円満寺で、迷うほどの美しさがあります。
内部には茅葺の山門や広い境内があり、見所満載です。
現役の新庄市長がご住職の、特別な体験ができます。
小杉山吉祥院円満寺といい真言宗智山派のお寺で、御本尊は五大明王になり別称で新庄聖天円満寺とも呼ばれています。創建は大同二年(807年)に坂上田村麻呂が開いたのが始まりと伝えられ平氏政権の成立頃から安土桃山時代には当時角館町一帯を支配していた戸沢氏の庇護を受け寺領五百石を有していました。創建当初は秋田県大仙市の小杉山に境内を構えた天台宗のお寺であったという、円満寺の山号「小杉山」はこの地の小杉山(小杉村)に由来しています。中世に入り江戸時代のはじめに戸沢藩の庇護を受け戸沢藩の祈祷寺として栄えました、常に殿様に随行して戸沢氏が秋田の戸沢藩(角館)から茨城の常陸松岡(高萩)を経て山形の新庄藩に移封された際には新庄城の鬼門にあたるこの土地に、居城鎮護・領内安全・五穀豊穣等の祈願所として移転し建立されました。円満寺の御本尊はもともと五大明王ですが江戸時代に当時の藩主が領内の繁栄のために徳川幕府に歓喜天を祀っても良いか打診して許可が降りたことから歓喜天が祀られるようになりました。歓喜天は本堂とは別の歓喜天堂にお祀りしています、普段は公開しておらず住職しかその姿を見ることを許されていません。参拝者が出入りする歓喜天堂の正面には歓喜天の化身である十一面観世音菩薩を御前立として祀っていて、通常は十一面観世音菩薩の前で護摩を焚き御祈祷を行います。
R7.7.8参拝 御朱印拝受。
新庄市のオモウマイラーメン屋さんのすぐ近くににひっそりと佇む円満寺。入り口の山門は茅葺きで趣きがあります。一歩中に入れば、複数のお堂やチェーンソーで彫られた仏像やガネーシャさまが鎮座して、見所沢山です。
御朱印の種類がたくさんあって迷いました。お寺の方がとても親切で御朱印を待っている間、温かいお茶を入れてくださり、本堂も案内をしてくださいました。お作法がわからず、失礼があったかもしれません(汗)とても静かで、落ち着く場所です。
御朱印を頂きました。奥さまが手書きで書いて下さいました。『時間が掛かりますが…お茶どうぞ』とお菓子とお茶を頂きました。ありがとうございますm(_ _)m
令和5年11月24日(金曜日)。グーグルマップのクチコミ写真に載っていた素敵な御朱印にひきつけられて新潟市より参拝いたしました。事前に電話でアポイントを取っての訪問でした。普段は奥さまが対応なさるようですが、たまたまこの日は不在で若いご住職さまが対応してくださりました。おふたかたとも達筆で、とても有り難い御朱印を拝受いたしました。言わなければ違いはわからないレベルでしたが、やはり人間ですので、ふたつと同じ字は存在しません。これもご縁と思い自分自身に言い聞かせましたが、不在にする予定がおわかりになっていたと思いますので、その旨を事前に告げてほしかったですね。インターネット上で、とある寺社で拝受した御朱印が見本と違うというクレームを参拝者から受けたとの情報を見たことがありますが、クレームを受けた側にも少なからず原因があったのではないかなと思います。どなたが書いても有り難い御朱印であることには違いありません。しかし写真や見本を見て、それを楽しみに来山する参拝者もいます。「あいにくこの日は不在で書く者が違いますが、よろしいですか?」と、電話の時点でひと言あっても良かったのではないかと思います。埼玉県の大光普照寺(金鑚大師)さまは「本日は写真の御朱印を書いた者が不在で、字が違いますが良いですか?」と伝えてきましたよ。山形県内のお寺さまは、何かが足りないんですよね。三重県の寺社を見習っていただきたいものです。お参りをさせていただきましたことには感謝いたします。 合掌。
いつも御朱印を頂いております。
御朱印を頂きました。奥様も丁寧に接して頂き、お茶とお菓子までご馳走になりました。
見所満載の円満寺です。御朱印を頂きましたが、奥様の対応が素晴らしかった。
| 名前 |
新庄聖天 円満寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0233-22-0433 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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まず御朱印が豊富です。人気があるお寺ですので時間に余裕を持って訪れでください。敷地内は観音様や明王像、ガネーシャ像などあります。神仏習合を色濃く残し歴史と伝統が融合した素晴らしいお寺です。ご住職の方からご親切にいろいろと教えていただき、特別な体験をさせていただきました。すごくオススメです。