梅園に佇む伊木三猿斎の神秘。
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| 名前 |
少林寺 伊木三猿斎夫婦の墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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国富少林寺境内の五百羅漢堂跡、現在の梅園の操山側に、法華塔を挟んで伊木三猿斎夫婦の墓が並んでいます。伊木三猿斎とは、幕末維新の動乱期に岡山藩を支えた家老伊木長門守忠澄で、廃藩後の明治2年からは、世俗から離れて茶の湯三昧の生活を送ろうと、「三猿斎」(さんえんさい)と号しています。墓標には雅号の「三猿斎」と彫られ、花立ては茶筅風。手水鉢にはよく見ると、三猿斎が好んだ瓢箪の彫物がされていて、水を入れれば瓢箪が浮いて見える細工になっています。また、特筆すべきは三猿斎を高台の墓地に葬り、三猿斎に生涯仕えつづけた世話人の墓石が、三猿斎墓域の外に「あの世でも仕え尽くします」と言っているように、一人で立っていることです。三猿斎の人間的魅力が忍ばれますね。ちなみに現在後楽園にある茶室「茶祖堂」は、三猿斎の別邸にあった茶室が後楽園に寄贈されたもので、さらに三猿斎は、廃窯となっていた虫明焼を復興させたり、吉備団子の発案者としても有名です。