戒壇設置の歴史が息づく橋。
鎧橋の特徴
鎧橋は平安時代の歴史に彩られた重要な史跡です。
鴨江寺が独自の戒壇設置を目指した場所である。
高野山僧侶と鴨江寺の戦闘が行われた地です。
出家後に正式に僧と認められるには 「戒壇」で戒律を受けなければならなくなった平安時代、当時天台宗の寺院であった鴨江寺が戒壇を独自に設置しようとしたところ、天皇により戒壇設置の勅許を得ていた比叡山延暦寺が怒り出兵、鴨江寺側がこの橋付近の水田に水を張り鎧を着てこの橋の守りを固めた事が名前の由来。迎え撃った鴨江寺は敗北し多くの戦死者が出たという。仏教の歴史を紐解くとホント比叡山はあちこちでやたら武圧をしてるからどうにも・・・。下を流れるは堀留川。駐車場はないがそもそもコンビニの駐車場の脇に位置する。
ここは高野山僧侶と鴨江寺が戦を交えた場所です。今と違い昔の僧侶達は血の気の多い人が多かったみたいです。
| 名前 |
鎧橋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
堀留川に架かる橋で、国道257号線が通っています。セブンイレブンの駐車場脇にあり、気軽に見ることができます。鎧橋は、平安時代末期の戦いに由来する歴史的な場所で、当時、比叡山の僧兵が鴨江寺を攻めた際に、鴨江寺側の軍兵がこの橋周辺の水田に水を張り、鎧を着て戦いました。このため、この橋は「鎧橋」と呼ばれるようになったそうです。また、この戦いで戦死した者たちの数は約1,000人で、その後、鎧橋の北側に埋葬されたと伝えられています。この埋葬地は「千人塚」または「血塚」と呼ばれていましたが、現在はその塚は存在しません。