岩屋山の巨石に抱かれた、歴史溢れる岩蔵寺。
岩蔵寺の特徴
岩蔵寺は真言宗の末寺で、湯として栄えてきた歴史があります。
巨石の上に可愛い地蔵菩薩が安置されているのが特徴です。
最澄と空海に縁があり、歴史的な背景が魅力の寺院です。
岩屋山 岩蔵寺巨石大岩の上に可愛い地蔵菩薩らしき,が安置。圧巻の磐座です。
岩蔵寺、奈良県生駒市南田原町。本尊=大日如来。真言宗御室仁和寺派の末寺、真言密教の修験道場。役小角の開基、毘沙門天を祀る。延暦年間(782~806)、伝教大師最澄が堂を建立、毘沙門天を遷し、吉祥天女禪尼童子を併せ祀り、岩蔵寺と号す。弘仁年間(810~824)、弘法大師が不動明王像を刻み、巌洞に安霊、所持した仏舎利を供えた。境内東側=修行場の滝、岩場、石仏群、役行者磨崖仏、十三仏種子板碑。生駒山の地、郊外の風景、山麓に見える。階段を登り、奥の空間と出合う。寺の建ちものと磐座、仏像などが見える。建ちものは、岩屋山岩蔵寺とあるが、神社の社殿のような印象で、拝殿、本殿と見える。拝殿は、銅板葺き、切妻造、三間、平入。本殿は、銅板葺き、流造、三間、平入。正面に扉を付ける。感じるまま、不思議な場所と思ったが、大きな磐座があると理解した。岩自体が御神体や本尊に相当するのか。所々、仏像の姿が見える。小生の手には余る場所だったが、たくさんのものが積み上がる場所で、引く手あまたの信仰を集める地だと理解した。そばの住吉神社と関連するとのこと。
岩蔵寺は、真言宗御室仁和寺派の末寺で真言密教の修験道湯として栄えたと伝えられ、最澄と空海に縁のある寺である。寺伝によると、延曆年間(782~806)に伝教大師 最澄が堂を建立、毘沙門天を遷し自作の 「吉祥天女尼童子」をまつり岩蔵寺と号す、とある。弘仁年間(810~824)弘法大師 空海が京都より高野山に帰る途中、不動明生像を刻み、巌洞に安霊し所持した仏舎利を供えられたとある。現在バス停のある岩屋口はこの寺へ続く表参道の入り口で、この参道は寺前垣内を通り岩蔵寺へと続く。
名前の通り寺の横の山の少し上の方に石仏が有りました。何の説明書きもないので、気づかずに社のお参りだけして帰るところでした。
| 名前 |
岩蔵寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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山号 岩屋山 寺号 岩蔵寺 開基については役行者であり、その後最澄が堂宇を作り、更に空海が仏像を供えた、とあり、まさにオールスター、豪華である。そして真言宗御室仁和寺派末寺で真言密教修験道場として栄えたとある。おまけに饒速日命墳墓とは200メートルしか離れていない。住吉神社でも寺のことは語られており、これは訪問せざる得ない。ただ惜しむらくは入口は水道屋さんの事務所駐車場であり、専用駐車場がなく、車は2メートル余の里道に停めざるを得ず、長居は出来なかった。説明は写真に譲るが、急な階段を登ると平地が現れる。建物は2軒あるが、一般的な寺の建物ではない。饒速日命墳墓のある東側は断崖絶壁で、磨崖佛が彫られ、水行場のような設備がある。更に比較的小さな石仏が多数置かれていた。敷地は西向きで断崖状だが、巨木に覆われており、暗い印象だ。