久那土の参道を歩こう!
十五所神社の特徴
祖母の生まれ故郷に通じる参道が魅力的です。
川べりから線路を潜る独特な参道が印象的です。
真っ直ぐ続く参道を歩くと心が和みます。
山梨県身延町に「久那土」という地区がある。道祖神や塞の神とされる久那土に語源を持つのか?めずらしい地名だなあと行ってみました。ちなみに「久那土」という地名は全国でもココだけ。ゆえに特別な何かがある?と思いましたが特に成果も得られずでした。徒歩でウロウロ散策していると「そっちは行き止まりだよ。」と教えてくれたご高齢の方。周辺の神社仏閣も教えてもらい、知りたかった語源についても伺ってみましたがわからないとの事。やたら道祖神多いな!と思ったら集落ごと1つずつ道祖神があるんだそう。そういう意味では久那土も納得するようなそうでないような?「過疎化」という言葉が思い浮かぶ。人とすれ違う事もない。元中学/元高校/廃寺が印象的。人が少ない以前に相当数で空き家が目立つ。むしろこっちの方が印象的でした。そういった雰囲気の中こちら「十五所神社」さんはキチンと清掃整備されていました。名の通り十五柱の様々な神様がおられます。ほぼ全ての願事が出来るというありがたい神社さんなんだとおもいます。創建時期は不明。かわった狛犬だなあと思ったら足元に子供?初めて拝見しました。
祖母がこの地で生まれました。ありがたきことに、2018年4月で103歳を迎えることができました。祖母の妹も、100歳に相成りました。そんな祖母に、久那土の氏神様を聞きましたら、「線路向こうの十五所さん」と答えてくれましたので、2018年5月に訪れました。県道9号線を下部方面へ。久那土駅を左手に見て、注意深く左側の道を見ていると、鳥居が見える脇道があります。そこを左折で、線路をくぐり、坂道を登ったドンツキがこちらの神社です。大型バイクでしたので、駐車やUターンに難儀いたしました。神社前の駐車場は、ゴツゴツした手ごねのコンクリートで、更に土地が傾いています(汗)。徒歩で行くのが一番でしょうね。駐車場のところの鳥居は朱色に塗られ、「拾五所宮」の額がかかり、手作り感満載なのですが(笑)、本殿に行くと銅葺きの屋根で立派です。十五所とは、十五柱の神様のやうで、宇迦之御魂様、天照大神様、生井神様、庭高津日神様、大年神様、御年神様、神進雄様、水分神様、波比木神様、稚産霊神様、津長井神様、保食神様、大物主神様、大国主神様、大食津日神様が祀られております。これは、山梨県神社庁峡南支部の額として本殿横にかかっております(笑)。平日でしたので、本殿に向かって左横の社務所は不在。その前の手水舎にも水は出ておりませんでした。本殿左奥には、忠霊碑と書かれた英霊たちを祀る碑があります。昔から地域の人に大切にされてきた神社とよくわかります。是非、久那土に行ったらお参りしてみてください。良い旅を。(´・ω・`)/~~
川べりから線路を潜って真っ直ぐ続く参道が良いですね。境内は明るくて清潔感のある社です。
| 名前 |
十五所神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/4092 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
書により「十五所大神社」をしらべてみるちなみにこの地「久那土」の名前の由来を気にする投稿も見えるので、「久那土」の名前の由来も調べてみる。江戸時代の頃は「十五所明神」と呼ばれていたようだ。「甲斐国誌」に記載されている神社なので、少なくとも200年前にはすでにこの地に鎮座していたことが分かる。「久那土(くなど)」という地名は「くな」とは古い言葉で、道が分かれる場所(分岐点)を意味しており、実際にこの場所は「杉山」方面へと道が分かれる分岐点にあたる。とある。「斯(かか)る寒村にも古言傳はり珍しき地名なり」と江戸時代に書かれた書にも評価されている。_____________❶【参考 甲斐国誌・神社部 1814年】十五所明神(じゅうごしょみょうじん) 三澤村幕府から安堵された神領地が260坪余りあり、その他にも神社が所有する土地が若干ある、と記されている神主は深澤帯刀(ふかさわ たてわき)が務めているとある。_______________三澤氏の居跡の稿に書かれている。「久那土(くなど)」の言葉の由来は。❷【参考 甲斐国誌・古跡部 1814年】三澤氏の居跡 三澤村三澤氏については別巻の「士庶部」に記載してある。その屋敷跡がどこであったかは、はっきりとは分かっていない。この村には「久那土(くなど)」という家々の集まった場所がある。「くな」とは道が分かれる場所(分岐点)を意味しており、実際にこの場所は「杉山」方面へと道が分かれる分岐点にあたる。村人は今ではここを「奥杯(おうなど)」とも呼んでいるが、物事の頭に「阿(を)」の音を付けて呼ぶのは、この地方特有の方言である。このような辺境の村にまで古い言葉が伝わっているのは、非常に珍しく貴重な地名である。