河内領一之宮での特別なひととき。
一宮賀茂神社の特徴
河内領一之宮で野生動物が見られる神社です。
国道52号線から少し外れた静かな場所に位置しています。
1000年以上の歴史を誇る立派な社殿が魅力的です。
山梨でも有数のパワースポット。縁結びで有名。鳥居越しに見る毛無山、五老峰もいい眺めである。
ニニギさまが本当に居そうなパワースポット。お社を背に見る山々が素晴らしい神社です⛩️
2025年4月の終わりに参拝。GW期間の中日で平日のためか、参拝者はどなたもおらず、社務所も開いてはいますが無人営業中といった佇まい。鳥居までまっすぐ麓から登ってくると、山の中腹に座しているような神社です。鳥居をくぐると手水舎や、庭園が広がっていて、しっかりと手入れされた感じがします。庭園にはせせらぎもあり、大変のどかで落ち着いた雰囲気があります。境内の周辺にはサカキ林があり、貴重な植生なのだそうで、おそらく、拝殿の左手に立ち並ぶ高木がサカキなのでしょう。社務所は無人ですが、窓のサッシを開いて、三方の上に代金をお納めして、御守や御札を頂くシステムです。境内には他にも珍しい色のツツジや名前の分からない花がいくつも咲いていました。桜の木もいくつかあるようで、春には見応えがありそうです。なお、鳥居手前に広い駐車場があります(下は砂利になります)が、お手洗いは見当たりませんでした(社務所内にあるかもしれません)。
神社は目立たない場所にあるので、行くのには苦労しました。ご参拝を済ませ、お守りの購入と書き置きでしたが御朱印をいただきました。
いい神社です。駐車場は10台以上停めれます。中に散歩出来る道があり、ベンチもあります。小川が音を立てて流れていて落ち着きます。ちょっと愛知県には無いタイプです。
久遠寺の帰りにお参りしましたぜひお立ち寄りください。
河内領一之宮です♪ここは色んな野生動物が現れるそうです♪
国道52号線を外れた所にある神社で、このあたりは武田信玄の家臣穴山家が治めていた地域です。
国道10号から昔の狭い路地を車で進入し突き当たりが山門です、手前右側に駐車場があります。賀茂別雷神河内領(富士川周辺)の一宮?!社殿の彫刻には、鶴と剣が剣は十拳剣で右奥に迦具土神の頸を斬った物? その血から生まれた建御雷之男神と迦具土神の二柱も祀られいます。京都上賀茂神社のニニギノミコトと富士山浅間神社のコノハナサクヤヒメの二柱の神様をお祀りしていて、敷地内の左奥に夫婦木の御祭神が宮司の方は、休み時間だったにも関わらず、御朱印を心善く引き受けて下さいました。
| 名前 |
一宮賀茂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0556-62-5721 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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書により「賀茂神社」をしらべてみる「甲斐国志」の「下山城城址」に、「穴山梅雪」が、かつて京都にある有名な神社仏閣の名をそのまま付けた寺社を城下に移し、あるいは模して数多く建立した。とあり、この「賀茂神社」もその一つと思われます。創立年代は不詳・・とあることから、私的な考えですが、もともと神社があった所に「賀茂明神」を合祀したのかもしれませんね。_____________❶【参考 甲斐国誌・神社部 1814年】賀茂明神 甲斐国下山村この神社は上賀茂神社であり、「一ノ宮」と称されています。番匠小路中町(現在の身延町中町)の鎮守です。社記によれば、創建の年代は詳しく分かっていないません。本祠は「西河内領にある17の神社」のうち第一(筆頭)とされ、昔の「葵祭」の際には、領内の神主たちがことごとく参集して神事を執り行ったといいます。現在(江戸時代)は9月と11月の6日を「大祭礼」とし、それ以外の月も6日を祭日とするのがこの社の定例です。天正年間、神組(社家集団)より「3貫500文の地」を賜り、「徳川家光公」の御代に朱印状を改めることになりました。しかし、神主の「稲葉近江」が「江戸」へ向かう途中、「富士川」で溺死してしまい、朱印状も共に流失してしまいました。その後、度々願い出た結果、「徳川綱吉公」の代になってようやく朱印状を賜ることができました。もっとも、その領地は富士川のほとりにあったため、洪水のたびに削られ流されてしまい、現在(江戸時代)は免税地の社領が「2石1斗6升」、山林や畑を合わせて「2万2385坪」となっています。社道の長さは113歩(約200m)、横幅は2歩半、神主の屋敷は「5畝26歩(約580㎡)」あります。「神宝を納める蔵」には、享保3年(1718年)7月11日以来の代々の朱印状が計4通収められています。また、天正11年正月28日付の「河内の禰宜衆への諸役免除の定書」、8月19日付の「神長官信真の書状」、11月10日付の穴山信君(穴山梅雪)の書状、6月15日付の「武田勝頼」の書状なども保管されています。神宝としては、「武田信玄」が奉納した短刀、数珠、中啓(扇の一種)、毘沙門天・不動明王の書像、ならびに「梅雪斎(穴山信君)」の扇子などがあります。神主の「稲葉周防」は、「西河内領」の多くの村々の社を兼任しています。また、「穴山信君(穴山梅雪)」が「駿河国庵原郡の蒲原城」にいた頃からの縁で、その地の「若宮浅間明神」の祭祀も兼ねて執り行っているということです。