歴史が息づく天守台で美景を満喫。
米子城 天守台の特徴
頂上からの眺望は素晴らしく、米子城下と日本海を一望できます。
石垣の美しさと大きさに感動し、訪れる価値があります。
米子城の大天守台は、戦国時代の雰囲気が漂う魅力的な場所です。
この高さで、ここまで大きく美しい石垣がある天守台は初めて見ました。さらに過去には五重の天守閣があったとは、、圧巻です。観たかった。
階段が急で上まであがるのは大変です。ただ、行く価値はあると思います。山城ではないので、そこまで長くはかかりません。周辺の木々も伐採されており、島根県や境港市、大山など天気が良ければ色々な場所が見られます。ただし、眺めが良い分日よけは東屋くらいしかないので、春から夏にかけては日傘や帽子が必須でしょう。ベンチもあるので、そこに座って景色を楽しむのもよいと思います。朝早い時間に行って、これから行きたい場所を見てみるのもよいかもしれません。元々毛利氏配下(一門衆)の吉川広家が建てたお城ということです。吉川広家の城といえば山口県岩国市横山の岩国城(横山城)が有名ですが、どことなく岩国城の石垣に似ているかな?明確な調査をしたことがないのですが、少し懐かしく感じました。江戸時代には米子藩藩主の居城、藩主がいなくなってからは、鳥取藩の家老が城代として管理していたそうです。明治には廃城となりました。吉川氏以外にもさまざまな城主や城代がいて、その都度改築などをされているので毛利氏時代とは全然違うかもしれませんが、そういう城どうしの繋がりを見るのも楽しいかもしれませんね。麓の駐車場はまだ整備中でしたが、工事が終われば駐車もやりやすくなると思います。あと、階段も上りやすくしていただきたい。
☆登城路を登りきると目の前に三段の石垣が現れます、その一番上が大天守台👀1600年(慶長5年)に中村一忠が駿府府中から伯耆国18万石で入封し、本格的な近世城郭の改築増築に着手、その象徴が下見板張の四重五層の天守‼️大天守の天守台は武骨な野面積乱積、隅部も未完成な算木積、戦国時代の雰囲気漂う天守台は魅力十分、天守台上には天守礎石が長方形に並び大きさと形状が想像出来ます、米子城跡では最高位の場所にベンチもあり米子城下を一望、更には日本海を遠望、素敵な眺望を満喫😄
1600年に城主となった中村一忠が吉川広家の四重天守の横に建てた独立式望楼型四重五階だった天守が建っていた場所。高さは21mあったらしく、ニ重ニ階だった本城である鳥取城の天守や三階櫓をも凌いでいた。天守閣と四重櫓という大小2つの天守が華麗に連なっていた。1878年に撮影された古写真が残っている。なんか想像するだけでも美しいな米子城♪そして此処迄、登って来て初めて知る。米子城って続日本百名城だったのね。
| 名前 |
米子城 天守台 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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本丸の中心にある「天守台」は、かつて五重の天守が建っていた場所です。米子城は五重の天守と四重櫓が本丸に並び立つ壮大な城で、天守台の周囲には高石垣が築かれていました。現在は天守そのものは失われていますが、石垣や礎石が残り、山頂の限られた空間に築かれた天守郭の構成を伝えています。天守台の大きな見どころは、山頂からの眺望です。大山、日本海、中海、米子市街を360度見渡すことができ、四季を通じて異なる景色を楽しめます。特に2月20日頃と10月22日頃の早朝には、大山の山頂と朝日が重なる「ダイヤモンド大山」が見られることで知られています。城の中心だった場所が、現在では米子を代表する眺望スポットとなっているのも天守台の特徴です。また、天守台の周囲には四重櫓台、遠見郭、番所郭、水手郭などが配置されていました。天守だけを独立して見るのではなく、本丸全体の石垣や郭の配置と合わせて見ることで、五重天守を中心に構成された米子城の中枢部を理解しやすくなります。