オオガミサマヘノミチを体感しよう!
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
大神樣道(オオガミサマヘノミチ・道標) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
オオガミサマヘノミチと読みます。大神樣(オオガミサマ)へ向かう道を示す当時の道標です。大神樣というのは、そこの高川の向かい側、吹田市芳野町8にある大きな木の下の祠を指しています。明治大正の頃は祈祷所があり、大神樣という祈祷師のおばあさんが住んでいました。むかし、周辺の村人が病弱になると祈祷所を訪れては、大神樣が呪文を唱えながら彼らの身体を軽くさすったりしてお祈りしていました。周辺の村どころか大阪市方面から病気平癒を求めてやってくる人々もいました。渡場(ワタシバ・豊中市豊南町東3の旧地名)の青年会が彼らを案内するための道標を建てることになり、村人から寄付金を募って大正5年10月に建立されました。ちなみに道標の北面には「渡シ場青年會寄附」と彫られています。その道標は建立当時の位置で建っているのではありません。道標の東西南北の向きを変えずに、本来の位置から現在の位置へ移されてそのままになっているのです。移設前の本来の位置は、道路の東側つまり川へ降りていく法面に建っていました。昭和30年頃、高川を深く掘り下げてまっすぐ整備する工事が始まるに伴って道標が移されました。完成後は急なコンクリート法面になったため、道標を本来の位置へ戻すことができず、移設そのまま現在に至っているということです。道標の西面に彫られている「ソコノ向側」は、今は道路から見えない裏側になっているのですが、当時の本来の位置で見ると道路を行き交う人々が常に見える表側だったのです。当時の高川は天井川のため川の流れが高い位置にあり川底も浅く、道標のほとりには対岸の吹田へ渡る飛び石がありました。「そこを渡って向こう側へ行けばありますよ」という意味で「ソコノ向側」ということです。道標の東面には「大正五年十月建之」が彫られています。石碑や墓石に彫る日付はふつう背面に彫られるもので、当時の本来の位置関係で見れば道路の背面になっているということです。道標の南面に彫られている「大神樣道」は、大阪市方面からやってくる人々へ見せるタイトル看板のようなものということです。渡場の古老の生前のおはなしより。