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慶長20年(1615年)5月5日徳川家康は大坂城攻めの為京都二条城を朝出発し夕方星田の里正(りせい)平井三郎衛門清貞宅に入り宿陣とした。あらかじめ連絡を受けていた平井家は屋敷を改造。屋敷を囲む堀で鯉を取り夜食として差し出した。四条畷の岡山に陣していた秀忠が早速馳せ参じ本田正信、藤堂高虎らも集まり軍議が行われ翌朝出陣した。7日真田幸村の決死隊で家康が自刃を覚悟する場面もあったが徳川方13万余、豊臣方3万余の差はどうしようもなく、豊臣方の敗残隊は大坂城へ退陣するが火が放たれ、8日淀君、秀頼が自刃し、ここに大坂城は落城して徳川方が勝利を収めた。(インターホンを鳴らさないようお願いいたします交野市星のまち観光協会ガイド担当)