源義経最後の地、高館で歴史に触れる。
高館義経堂の特徴
源義経終焉の地点として歴史愛好者に人気のスポットです。
松尾芭蕉が詠んだ有名な俳句が生まれた心象風景を楽しめます。
美しい北上川を見下ろす小高い丘に位置した静かな寺院です。
高舘 義経堂。平泉駅から中尊寺方面に向かう中尊寺通り沿いの高台にあります。世界遺産の構成資産だけあり、域内はきれいに整備されていました。仙台藩主4代伊達綱村公が天和3年(1683)に建立した義経堂内には義経像が安置されているのを見ることができます。堂背後には空堀跡も見られ、ここが城郭であったことがわかります。堂の南には芭蕉句碑、東には北上川とその向こうの東稲山が望まれ、しばしの安息した気持ちに浸れました。
2005年以来行きました。義経公東下り行列5月3日午後3時頃で10人の方来てました。資料館もできていました。東は束稲山や長島地区、田んぼの風景見れて良かったです✨平泉バイパス道路あり自動車の音も聞こえ2005年の時は完成してなかったので、束稲山に山桜🌸植えてるので桜🌸の時期来てみたいと思いました。
高館義経堂は、岩手県平泉町に位置する歴史的な建物で、源義経にゆかりのある場所として知られています。義経は平安時代末期の武将で、兄である源頼朝との対立から逃れ、この地で最期を迎えたとされています。高館義経堂は、義経の霊を慰めるために建立されたもので、周囲には美しい自然が広がり、訪れる人々に静寂と歴史の重みを感じさせます。堂内には義経に関する資料や像が展示されており、訪問者はその生涯に思いを馳せることができます。また、近隣には中尊寺や毛越寺などの世界遺産もあり、歴史と文化を深く学ぶことができるエリアとして、多くの観光客に親しまれています。
義経最後の場所だと思うと感慨深かった。高台からは町が見下ろせ、衣川合戦があったであろう場所も見渡せる。おみくじを引くと入ってる刀がかっこよくて、それが欲しくておみくじ引いちゃいました。入山料がちと高いかなと感じます。
源義経終焉の地を訪れてみたかった。素晴らしい眺望の丘の上にありました。多分800年前と差ほど変わらない景色なのだと思われます。義経も弁慶もここから、この空を見上げたのかな?と思うと感慨深くなります。義経堂の手前に小さな義経の資料館があります。正直入山料300円は高いと思いました。ぜひ入山料で資料館の重くて渋くて開けにくい戸の修理をお願いします。
R7.10.7秋田岩手旅行で訪問しました🚙英雄源義経が最後を遂げた居館のあった場所とされています‥‥当時の高館は現在地より東寄りと推測されています。長い年月の間に北上川の浸食を受け地形が変化してきたとか😳義経堂は仙台藩主第4代・伊達綱村(だてつなむら)が建立し、現在の堂は1808年に再建されたもので堂内には義経の像が祀られています✨華々しくはないですが、源義経の最後に思いを馳せるにはとても良い場所だと思います😊
今回の平泉訪問で僕の一番来たかった場所『高館義経堂』です。高館義経堂は、源義経が兄・頼朝に追われ、最期を迎えたと伝えられる地です。この地は「判官館(ほうがんだて)」とも呼ばれ、奥州藤原氏の居館の一部でした。文治5年(1189年)、藤原泰衡に襲われた義経は、妻子とともに自害したとされています。高館の頂上にある義経堂は、義経を慕う人々によって祀られてきました。現在のお堂は、天和3年(1683年)に仙台藩主の伊達綱村が建立したものです。堂内には、甲冑姿で凛々しい義経の木像が安置されています。この場所は、歴史的な悲劇の舞台であるとともに、北上川と衣川の合流点を見下ろす景勝地でもあります。江戸時代には松尾芭蕉がこの地を訪れ、「夏草や 兵どもが 夢の跡」の名句を詠みました。この句碑は現在も堂のそばにあり、訪れる人々に平泉の栄華と義経の悲運を伝えています。高館義経堂は、義経の終焉の地として、また多くの旅人や文人墨客が思いを馳せた場所として、今もなお多くの人々が訪れる歴史的な名所となっています。
2025年9月28日(日)に訪れました。入山券は大人300円です。お堂の中には、義経公像が本尊として祀られています。義経終焉の地ということもあり、お堂から眺める束稲山の景色は感慨深いものがありました。お堂の反対側には松尾芭蕉句碑もあります。
義経最期の地と言われる高館義経堂。こちらも中尊寺、毛越寺と共に見ておきたい場所。【義経堂由来 公式HPより】高館は北上川に面した丘陵で、判官館(はんがんだて、ほうがんだて)とも呼ばれています。現在では、その半ばを北上川に浸蝕され狭くなっていますが、この一帯は奥州藤原氏初代清衡公の時代から、要害地とされていました。兄・頼朝に追われ、少年期を過ごした平泉に再び落ち延びた源義経公は、藤原氏三代秀衡公の庇護のもと、この高館に居館を与えられました。地元で判官館と呼ばれているのは、義経が判官の位にあったことに由来します。しかし、文治5年(1189)閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。丘の頂上には、天和3年(1683)、仙台藩主第四代伊達綱村公が義経を偲んで建てた義経堂があり、中には義経公の木造が安置されています。高館からの眺望は平泉随一といわれ、俳人・松尾芭蕉が俳句を詠んだ場所でもあります。東にはとうとうと流れる北上川、束稲山(別名・東山)の眺望が広がります。また西からは、かつてその流域が前九年・後三年の役の戦いの場となり、弁慶立往生の故事でも知られる衣川が北上川に合流しています。現在の義経堂および高館は、同町毛越寺の飛び地境内となっています。
| 名前 |
高館義経堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0191-46-3300 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 8:30~16:15 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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岩手に縁がありながらなかなか来る機会がなかった平泉に、GWにお休みを足してやっと訪問。子供の頃は、義経公が大好きでした。少し階段を登ると正面に視界がひらけます。車の音が遠く響く中、なのに物語の世界観を味わうには十分な風が吹いていました。左手には義経堂。右手にベンチがあり、松尾芭蕉の歌碑がありました。夏草や 兵どもが 夢のあとしばらく休ませていただいてから、次の目的地に向かいました。(レンタル自転車便利でした)