掃部山の銅像に触れる歴史。
井伊掃部頭ゆかりの地の特徴
井伊掃部頭直弼の銅像が歴史を感じさせる場所です。
横浜開港50周年を記念して建立された貴重な史跡です。
戸部の丘として知られる掃部山には歴史が詰まっています。
明治四二年七月、横浜開港五〇年記念に際して、旧彦根藩有志が藩主の開港功績の顕彰のため、大老井伊掃部頭直弼の銅像を戸部の丘に建立し、その地を掃部山と名付けて記念しました。銅像の左側にある水飲み施設はその時に子爵井伊直安より寄付されたものです。当時の銅像は、藤田文蔵、岡崎雪声によって製作され、その姿は「正四位上左近衛権中将」の正装で、高さは約三・ 六メートルを測りました。しかし、当初の銅像は、昭和一八年に金属回収によって撤去され、現銅像は、昭和二九年、 横浜市の依頼により慶寺丹長が製作したもので、その重量は約四トンあります。なお、台石は妻木頼黄の設計で、高さは約六・七メートルあり、創建当初のものが残っています。平成六年三月横浜市教育委員会。
| 名前 |
井伊掃部頭ゆかりの地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
明治42年7月、横浜開港50周年を記念し、旧彦根藩の有志が井伊掃部頭直弼の銅像を建立した。その地を掃部山と名付けた。銅像の左側にある水飲み場は、子爵井伊直安より寄付されたもの。当初の銅像は、昭和18年金属回収令により撤去され、昭和29年に横浜市の依頼により再制作された。台石は創建当時のもの。