横浜の隠れた歴史、7世紀の古墳へ。
軽井沢古墳の特徴
7世紀前半に作られた歴史ある前方後円墳が存在しています。
横浜の市街地近くに隠れた古墳の跡があり、探検気分で訪れられます。
KANTO自動車教習所の奥、ひっそりとした場所に立地しています。
こちらは2025年02月01日の訪問となります。三ッ沢競技場へ上るクネクネ坂の途中に入口(階段)があります。前方後円墳(上から見ると鍵穴みたいな形のアレ)だったらしいですね。石室(石棺)が二基発見され、中には鉄刀や硝子小玉、提瓶などが入ってたとか。地元の方は察せるでしょう、自動車教習所を作る際に発掘されたそうです。ここからの見晴らしはなかなかですよ。
説明板と石碑がありますが、石碑の周りの手すり?が何とも心許ないです。
7世紀前半に建てられたと推定される横浜市内では最末期の前方後円墳。説明板には全体図や上空からの全景と出土品の写真が載っており、情報量は多くて充実している。現在は跡地を示す石碑があるだけだが、接近は不可能だった。階段が失われた可能性が高いと思われるが、最初から接近を拒んでいたのかもしれない。周囲に案内はないので、知る人ぞ知る史跡となっている。少し勿体ない。
KANTO自動車教習所の奥にひっそりとありました。
地図に載っていたので気になり訪問。 浅間下交差点から三ッ沢へ登る坂の途中にある急な階段を登った場所に有ります。横浜市教育委員会の看板と石碑が建っていますが、石碑へ上がる階段が崩れていて近づけない状況でした。古墳跡ということで、それほど期待していなかったのですが、前方後円墳が横浜にも有ったということが分かり、大きな収穫でした。昭和40年の発掘調査が行われた写真が有りますが、実際に有った場所はこの場所ではなく自動車学校がある付近のようです。浅間神社の前に旧東海道があり、その当時は海岸線だったことを考えると、海岸近くの崖の上に作られたようですね。浅間神社境内付近には地域の有力豪族の墓とされる横穴墓群があったりと、この辺りは古くから特別な場所だったのでしょう。
横浜駅方面から三ッ沢へ坂を上がっていく途中にものすごい階段があるので、そこをひいひい言いながら上がり切ると辿り着くのですが、関東ドライビングスクールからだと階段要らずでした…。たまたま2021年元旦の日没後のマジックアワーだったので、ものすごい綺麗な景色に出会えました。
7世紀前半に作られた横浜市域最末期の前方後円墳です。石碑と説明板が有ります。古墳の中には入れません。
前方後円墳の形は見えない。自動車学校が建っていた。石碑だけ見る。
跡。階段を79段上り、そこに説明板と碑。往時は、海から見える古墳だったんでしょうね。
| 名前 |
軽井沢古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
045-671-3284 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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古墳跡の記念碑。幅16m×20mなのでかなりでかい。昭和40年に調査だが、看板は平成13年。石碑と古墳はあまり関係がないかな、図書館に調査報告書として残っているだろうと思う。現場に跡はない。