本願寺近くの不思議な道標。
本願寺山科両別院道標の特徴
本願寺山科両別院道標には、明治四十二年の歴史が刻まれている。
道標の北側には、是よりひだりへ六丁との指示がある。
以前から人々の興味を引く、不思議な存在感の道標です。
北側は「本願寺 山科両別院 是よりひだりへ六丁」、西側には「明治四十二年十二月建之」とある。しかし、道標の矢印が指す方向には両別院(東本願寺山科別院長福寺と西本願寺山科別院)はなく、他の場所から移転してきたと考えられる。明治時代建之の割には保存状態は良く、文字も読める状態で残されている。踏切の横の目立たない場所に設置されている。
| 名前 |
本願寺山科両別院道標 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
〒607-8011 京都府京都市山科区安朱南屋敷町29−2 山科駅 |
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以前から不思議に思っていた道標。一見かなり古そうだが、元々本願寺には東西がなかった。それが、西暦1600年を過ぎ、徳川家康公が江戸幕府を開幕すると、織田信長公や、豊臣秀吉公が本願寺勢力と対抗し、手を焼いたことを鑑み、また、徳川家や幕府にとっての最大の対抗勢力だと思って、新たな門主を立て、寺領を与えて(この時より、本願寺大谷派~東本願寺が始まる)、本願寺を分裂させたのだから、この道標は、江戸時代のものと分かる。…写真の撮影日は、2025.07.03(木)。