菊水井跡で歴史を感じる!
菊水井跡・大黒菴武野紹鴎邸址の特徴
菊水鉾の由来とされる菊水井の碑があります。
中京区室町通四条上の東側に位置しています。
歴史的な大黒菴武野紹鴎邸址の場所です。
菊水鉾の由来となった「菊水井」があったとされる場所に碑が建てられています。ここは、千利休の先生であった武野紹鴎が大黒庵を結んで、菊水井戸の水を使ってお茶を点てていたようです。井戸に使われていた石組みに「菊水」の文字が刻まれています。中国の故時によれば、菊水とは菊の葉につく露を集めたもので、これを飲むと長寿が得られるとされます。また、重陽の節句には菊を浮かべた菊酒が飲まれたり、市比賣(河原町五条)神社では「菊の被せ綿(きせわた)」が催されます。
| 名前 |
菊水井跡・大黒菴武野紹鴎邸址 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
〒604-8154 京都府京都市中京区菊水鉾町604 8154 |
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中京区室町通四条上った東側のマンション敷地内にあるのが「菊水井跡・大黒菴武野紹鴎邸址」になります。鉾町として有名な菊水鉾町にあった菊水鉾の井跡になります。マンション建設時に、跡地の旧井戸より発見された「菊水」の文字入りの井桁組み石等を利用して建立されたのが「菊水井跡」の石碑になる。武野紹鴎(たけの じょうおう 1502年~1555年)は、戦国時代の堺の豪商・茶人になる。茶道の始祖である千利休が師事した茶人である。利休は「術は紹鷗、道は珠光より」と説いた。これによって紹鷗のお茶人としての名声が広く知られることとなった。武野紹鴎は、菊水井をこよなく愛して、此処に庵を結び茶亭を大黒庵と称しました。