鳥居をくぐって災難モウコン!
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
モウコンの鳥居 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
この鳥居をくぐって御参りすると災難はモウコンと云われ、厄除けの御利益があるようです。宮分け伝説から嘉禎4年(1238年)河南の豪族である吉原氏と、河北の豪族の牧野氏が言い争ったことが発端として御霊神社本宮(河南)から宇智郡内22村に分祀された宮分けの時、小和村の役人が真っ先に駆けつけ、すばらしく立派な御神像を背負って逃げました。これを知った人々は取り返そうと、あとを追ってきました。吉野川の川岸まで逃げてきましたが橋がかかっていません、重い御神像を背負って渡ることもできず、追っ手に捕まりそうになってしまいました。そのとき、五條村(河北)の人が役人に代わって御神像を背負って川を渡りました。役人は御神像を村まで持って帰り、ほっと一息ついて「(追っ手が)もう来ん」と言ったため、そこに建つ鳥居をモウコンの鳥居と呼んだそうです。以上、御霊神社のサイトから引用させていただきました。ここは一の鳥居で御霊神社までは長い参道が続いています道中イノシシが出て来ることもありますので注意してくださいね~記事と写真は旧北宇智小学校の校区探検から引用させていただきました。