平安時代の遺跡、触れる歴史。
錦町五遺跡の特徴
発掘調査で発見された竪穴住居跡があります。
公園の下で北海道の歴史を感じられます。
平安時代に栄えた擦文文化が残る史跡です。
昭和57年から62年にかけて、土地区画整理事業のため発掘調査が行われ、平安時代の竪穴住居跡6軒、鍛治の跡、川の跡などが発見された。出土品は、擦文土器、紡錘車、須恵器、ふいごの羽口、鉄器、木器、魚骨など貴重な発見があり、川跡から出土した木の斧の柄は、旭川市指定文化財になっている。(表示板説明文)川端ほのぼの公園のある場所で発見された遺跡。錦町とありますが住所は川端です。平安時代と言うと北海道は擦文時代でアイヌ文化が興る前の時代です。発見された当時は発掘調査が行われましたが現在は埋められ公園になっています。なのでこの場所に遺跡の存在を教えてくれるのは市が設置した表示板のみで少々寂しい気もします。ですが川村カ子トアイヌ記念館の近くにありここで旭川の歴史に浸ってみるのもいいかもしれません。旭川市博物館には遺跡の発掘調査を元にした当時の様子を再現したジオラマがありますので興味がある方は是非そちらへお越しください。
時は平安時代、北海道には北方民族による独自の「擦文文化」が発展していた。その当時から既に鉄器を精製し、窯跡やふいご、鉄製品などの他、貴重な生活道具が多数発掘された。併せて、旭川市立博物館の展示には「鮭を捕るアイヌの生活」とある。モデルになったのはこの辺りに居住していたアイヌ民族。かつて、ここのすぐ側まで石狩川が蛇行していた時代、近文アイヌ達は川を遡る豊富な鮭等の食料をこの辺りで採取して生活していたとか。この遺跡からは当時の採取道具や生活の痕跡が多数発掘されたという。
| 名前 |
錦町五遺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0166-25-7558 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/329/348/353/p000200.html |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
公園の下に遺跡がありますもちろん見えませんが。