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淡路市井出の兜池にまつわる伝承より、1428年に菅為行が居を構えた山田原城跡が菅館跡であり、1581年の羽柴秀吉による淡路攻めで消失し、当時の城主であった菅越後守(菅平右衛門逹長)は敗走の途中に奥井家老の進言で梅鉢紋の兜を池の底に埋めることで追手を逃れたと言う。その後も菅逹長は山田原に居住とあるため、菅館と山田原城が別の場所である可能性もある。