多々神社で心静まる参拝を。
多々神社の特徴
近くにセブンができてお参りが便利になりました。
本殿は一間社流造、歴史ある建物が魅力です。
永正十六年に建立された国宝の神社です。
名前に惹かれて参拝しました。「ただ」と読むんですね。国道近くの村の中に有る静かな所でした。
すぐそばにセブンが出来たのでお参りしやすくなった。小さいけど古社という雰囲気が湧き出てくるようで、昔帰りできます。
【国宝・重要文化財(建造物) 重要文化財 近世以前/神社】本殿は一間社流造で、永正十六年(一五一九)の建立と伝える。 蟇股、木鼻、海老虹梁などの形に時代の特色が見られる。 保存状態もよい。(文化庁:国指定文化財等データベースより)
| 名前 |
多々神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0257-28-2628 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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多々神社(たたじんじゃ)。新潟県柏崎市曽地。式内社(小)、旧社格不明。【祭神】神八井耳命 (配祀)神日本磐余彦尊(神武天皇)(合祀)表津海都見命 中津海都見命 底津海都見命 表筒男命 中筒男命 底筒男命資料によると、創祀年代は不詳。一説に第12代景行天皇の御宇、吉備武彦に随従した多臣襲木彦がこの地の豪族の娘を娶り、この地に土着した。そこで、祖神である神八井耳尊と神日本磐余彦命の分霊を勧請したのが始まりともされる。また社伝によると、平安時代初期の大同元年(806年)、藤原朝臣人道浄眼によって勧請されたのが始まりとも。当初は、大海の神6柱を合斎して六所権現と称していたという。近郷の総社として機能したともされる。式内社「多多神社」は「多岐神社」とも表記される。他の論社に、市内西山町別山の多岐神社がある。現在の本殿は棟札によって戦国時代の永正16年(1519)に建立され、その後たびたび修理され、一部改変されて現在まで残った。安土桃山時代の天正年間(1573年-1593年)、戦乱に巻き込まれ、多くの社殿や記録が失なわれたが、上述の本殿は残ったことになる。昭和52年(1977年)、本殿の解体修理が行われ、本来の形に戻した。流造の間口1間ほどの板葺き屋根の小さな社殿は、覆屋内にあったため、創建当時の姿をよくとどめている。室町時代中期の神社建築の特徴をよく示しており、向拝柱、方位や脇障子柱の大きな面、かえる股や木鼻のデザイン、海老虹梁の形などに時代の特色がよく見られる。貴重な室町時代中期の神社本殿建築の遺構であり、「多多神社本殿」として、国の重要文化財に指定されている。とあります。