家屋文鏡の歴史探訪、古墳群へ!
佐味田宝塚古墳の特徴
馬見古墳群に属し、歴史を感じる場所です。
全長112mの迫力ある前方後円墳があります。
4世紀後半から築造された貴重な史跡です。
家屋文鏡で有名な古墳です。東側の舗装された細い道には説明板もありますが草ぼうぼうでどこが古墳か分からないです。牧野古墳を見学したときに古墳南西の公園から進むと墳丘への道がありました。東側の道の写真を追加します。
とても国史跡とは思えない状態の古墳です。冬季ならまだ外見が良かったのかもしれませんがね、、、
とても国史跡とは思えない状態の古墳です。冬季ならまだ外見が良かったのかもしれませんがね、、、
まほろばソムリエ検定で出ましたね。
4世紀末〜5世紀初頭に築造されたと見られる墳丘長111.5メートルの二段築成と思われる前方後円墳。銅鏡、銅製品、三角緑神獣鏡の破片などか発見されたとの事です。古墳周りを散策できますが、墳形がわかりにくいです。一部墳丘裾の木が倒れ、墳丘も崩れている部分がありました。古墳までのルートもわかりにくいです。私は、牧野古墳散策後、東側のルートから古墳に向かいましたが、広い道ではなかったです。案内板は古墳の東側、急カーブの辺りにあります。説明は詳しく、親切な案内板でした。佐味田宝塚古墳の近辺に二つの古墳があるみたいですが、よくわからなかったです。
馬見古墳群に属する4世紀後半に築造された前方後円墳。藪のようになっている林の中に墳丘があります。
カラスの襲撃に要注意!恥ずかしながらカラスに追いかけられ途中で散策を断念退散しました。
全長112mの前方後円墳、築造時期は4世紀末から5世紀初頭と推定。馬見古墳群を構成する古墳のひとつ。馬見丘陵公園の西側に位置する。以下、奈良県Webページより。―金鳥伝説―「佐味田宝塚古墳は昔から黄金山と呼ばれてきました。毎年元日、この黄金山にどこからともなく金の鳥が飛んできて、美しい声でさえずるのですが、不思議なことに金の鳥がさえずった後は、この辺りだけはいくら雪が降っても積もらなかったといいます。この伝説をたよりに地元の人々が発掘したところ、たくさんの貴重な遺物が発見されました」
| 名前 |
佐味田宝塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0745-57-2271 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://osaka-tom.hatenablog.com/entry/2022/05/06/%E7%89%A7%E9%87%8E%E5%8F%A4%E5%A2%B3 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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2025年8月10日に訪れました。全長111.5m、後円部直径60m、墳頂高8m、前方部幅45m、葺石があったと考えられ周濠は確認されていない2段築成の前方後円墳です。馬見古墳群の中では、最古(4世紀後半)の前方後円墳だと考えられています。明治14年1881年に後円部頂上を発掘(盗掘)した際に36面もの銅鏡が出土したそうですが、現在確認できるのは、26面なのだそうです。特に有名なのは、家屋文鏡です。鏡背面に4棟の建物が鈕(ちゅう)を囲むように描かれています。素人目には、高床式倉庫、高床建物(首長住居か?)、高床祭殿(神社や祭殿か?)、竪穴式住居のように見えます。古墳時代の建築を知るために大変貴重な銅鏡だと思います。類例が見付かっておらず、オリジナルデザインの国産鏡だと考えられています。その他に三角縁神獣鏡の模倣品(国産)や三角縁神獣車馬鏡(仙人が乗る二輪馬車が描かれている)などが含まれています。銅鏡に「尚方作竟真大好 上有仙人不知老」や「保子宜孫寿如金石」の銘文が書かれているものもあります。昭和60年1985年に墳丘の範囲を確認するための調査が実施されました。その際、墳丘の周囲から鰭(ひれ)付円筒埴輪列が見付かりました。また、各種(家、壷形、盾、靫(ゆき)、草摺(くさずり)、蓋(きぬがさ)、短甲)形象埴輪も出土しています。その他の出土品は、勾玉、管玉、銅鏃、巴形銅器、鍬形石、鎌形石、石斧、石釧(いしくしろ)、紡錘車、各種(合子、刀子、剣、斧形、鑿)石製品などです。粘土槨による埋葬施設のようですが、被葬者は不明のままです。興味の尽きない古墳です。