明治時代の息吹を感じる、金谷ホテル歴史館。
金谷侍屋敷の特徴
明治時代に建てられた、金谷カッテージインの歴史的建物です。
イザベラ・バードが滞在した、武家屋敷の趣を残しています。
日光の名門リゾートホテルのルーツを深く知ることができます。
江戸から明治時代の建物が大切に保存されており、民宿から始まった金谷ホテルの歴史を知ることができます。説明員の方から隠し階段や天井が低く建てられている理由などを説明いただけます✨
ご先祖は上野國新田氏被官の家柄と伝えられ、その後は代々東照宮の雅楽師として笙奏者を勤め、江戸時代に東照宮護衛番用の寮だった武家屋敷を自宅にしていた金谷家。たまたま自宅に泊めたイチゲン外人さんの一言で自宅屋敷を外人専用の宿泊施設へと転用したのが金谷ホテルの始まり。よくもまあ思い切ったものだと、金谷ホテル初代・善一郎さん当時21歳のアタマの切り替え力に只々畏れ入る。ベーカリーもあるレストラン店内を通り抜け、資料室を併設した金谷家屋敷を見学。詳しい建築年代は比定出来ていないらしいが、近世日本建築の知恵と工夫を凝らした武家屋敷。味わい深い歪みのある口吹き窓ガラスと、其処からの眺望。冠木門、絶妙な高低差を利用した水泉式山水、七賢が佇んで居そうな竹林、鹿威し、水琴窟等々を設えた、苔むした見事な庭園。優しい陽光を湛えた紅葉が素晴らしい。見学後にレストランで昼食。コクのあるバターの甘味とスパイスのほのかな辛味、その他にもいろんなモノが入ってそーな、何だかわからない旨みが混淆するカレーライスがスんゲー、んまかった。素晴らしい施設だ。
日光金谷ホテルの原点である、江戸時代の侍屋敷を利用した美しい洋館。和洋が融合した独特の意匠が素晴らしく、保存状態も極めて良好です。館内は当時の階段や床がそのまま残されているため、少し段差などもありますが、それも含めて歴史の重みを感じられます。館内は撮影NGです。
パンを購入するために利用。歴史館って言っても、ただの資料館かな?って思いながらも写真を見たらステキな建物だった。もちろん見学しました。係員の人に昔からありましたっけ?と質問したら10年くらい前から公開してるらしいです。その前は、木がボーボーで見えなかった。人知れず歴史的な建物があったということがスゴイです。
日光における金谷ホテルの偉大さがわかりますお庭の色とりどりの紅葉と江戸時代と明治時代の建物との風景を堪能しました苔がうず高く積もっていてフカフカの庭園でした襖板の絵やそのまま残っているお部屋が、今も泊まれそうでそのまま手を加えず綺麗に残す事の大変さを感じました特に目を見張ったのが☆屋久杉を使った天井板☆明治時代の硝子戸のガラス☆丑刻・寅刻他の文字が入った掛時計(調べたら和時計と言うそうです)知らないと見落としてしまうような物がたくさん!もとは武家屋敷だったそうで秘密の階段とかもあって探してみると不思議が見つかるかもです(建物の中写真NGでした)
江戸初期に東照宮の警護役人の住居として建てられたものを金谷家が1800年に拝領1873年から約20年間、外国人専用の宿泊施設として営業していた建物を公開しています受付はベーカリーで行います入館料550円日光田母沢御用邸記念公園のレシートを持参すると440円に割引きされます初めに金谷ホテルの歴史を紹介した簡単な展示施設を見学してから館内の見学になります廊下も部屋もとても狭く、かつ天井も低くて現代人の感覚からするととても窮屈に感じます外国人向けとは言え昔の人はみんな背が低かったんだろうなと想像出来ます。
昨年出版された『イザベラ・バードと侍ボーイ』(植松三十里)でもここでの金谷との会話が長く出てくる。離れのトイレが銅板葺なのを見るに、善一郎はかなり高額の投資をしたようだ。歴史館の説明では江戸期の(役宅としての)作りに高額の費用がかかっていることを強調していたが、善一郎個人の投資も大きいのではないか。いま場所的には「町の外れ」だが、江戸期はここ西町が中心だったようだ。奉行所は高台のこの道沿いにあった。武士の地区。
日光金谷ホテルの発祥となった「金谷ホテル歴史館」を訪ねました。土曜日でしたが15時過ぎて到着したため、「金谷ホテル歴史館」に隣接している金谷ホテルベーカリー直営レストラン「カテッジイン・レストラン&ベーカリー」の駐車場(レストラン前8台、国道向かい側8台)も運良く空いていて、すんなり駐車することができました。「金谷ホテル歴史館」の見学には、まずレストランの受付で入館料(大人550円、子供(小学生)275円) を支払って入館ゲートを通過するためのコインを受領した後、レストラン店内を横切って隣接する歴史館に向かうこととなります。ゲートを入るとまずエントランススペースがあって、金谷ホテルの歴史年表などが掲示されていて、これから見学する「金谷侍屋敷」を学ぶことができますした。説明では、「金谷善一郎が21歳の時にヘボン博士の進言により、自宅を改造して日光を訪れる外国人のためのホテルとして「金谷ホテル」の前身となる「金谷カテッジイン」を開業しましたが、金谷家の家屋は江戸時代には武家屋敷であったことから、外国人客からはSamurai House (侍屋敷)」と呼ばれていたそうです。その後2014年に「金谷侍屋敷」、「土蔵」が国の登録有形文化財に指定され、2015年3月から「金谷ホテル歴史館」として一般公開されることとなりました。「金谷ホテル」は日本最古の西洋式リゾートホテル発祥の地というだけでなく、江戸時代の武家屋敷の建築様式をそのまま残す建築遺産です。」とのことで、「ホテル」の前身が「武家屋敷」であることが分かりビックリでした。歴史館内部は、まさに「武家屋敷」というより「忍者屋敷」と云った方がよいほど、隠し扉や階段、秘密部屋などが随所に施され、外観からは計り知れない仕掛けが満載された建物となっており、外国人から人気の高かった建物であったことが理解できました。
紅葉の時期でした。とても綺麗に見えました。パワースポットかな。
| 名前 |
金谷侍屋敷 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0288-50-1873 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 10:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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2026.7.8(水)訪問奥日光の湯ノ湖が大好きで年に数回訪れています。そこのビジターセンターで1880年に刊行された英国の探検家イザベラ・バードの著書Unbeaten Tracks in Japan「日本奥地紀行」の湯元温泉についての記載に強く興味を持ち全3巻を読みました。その中でイザベラ・バードが日本を訪れた1878年に横浜から北海道迄を旅し湯元温泉に着く前に金谷カッテジイン(まさに現在の金谷ホテル博物館)に滞在し、金谷のもてなしがたいそう気に入ったとの記載があったため興味を持ち訪れてみました。日本で初めての外国人旅行者のための宿泊施設や明治時代の生活の様子がタイムマシンでトリップしたように楽しめました。建物内と庭園をゆっくり見て約1時間くらいです。興味を持たれる方は一度訪れてみることをお勧めします。