日光の歴史を体感する、金谷カッテージの旅。
金谷ホテル歴史館の特徴
明治時代に建てられた、金谷カッテージインの歴史的建物です。
イザベラ・バードが滞在した、武家屋敷の趣を残しています。
日光の名門リゾートホテルのルーツを深く知ることができます。
パンを購入するために利用。歴史館って言っても、ただの資料館かな?って思いながらも写真を見たらステキな建物だった。もちろん見学しました。係員の人に昔からありましたっけ?と質問したら10年くらい前から公開してるらしいです。その前は、木がボーボーで見えなかった。人知れず歴史的な建物があったということがスゴイです。
日光における金谷ホテルの偉大さがわかりますお庭の色とりどりの紅葉と江戸時代と明治時代の建物との風景を堪能しました苔がうず高く積もっていてフカフカの庭園でした襖板の絵やそのまま残っているお部屋が、今も泊まれそうでそのまま手を加えず綺麗に残す事の大変さを感じました特に目を見張ったのが☆屋久杉を使った天井板☆明治時代の硝子戸のガラス☆丑刻・寅刻他の文字が入った掛時計(調べたら和時計と言うそうです)知らないと見落としてしまうような物がたくさん!もとは武家屋敷だったそうで秘密の階段とかもあって探してみると不思議が見つかるかもです(建物の中写真NGでした)
江戸初期に東照宮の警護役人の住居として建てられたものを金谷家が1800年に拝領1873年から約20年間、外国人専用の宿泊施設として営業していた建物を公開しています受付はベーカリーで行います入館料550円日光田母沢御用邸記念公園のレシートを持参すると440円に割引きされます初めに金谷ホテルの歴史を紹介した簡単な展示施設を見学してから館内の見学になります廊下も部屋もとても狭く、かつ天井も低くて現代人の感覚からするととても窮屈に感じます外国人向けとは言え昔の人はみんな背が低かったんだろうなと想像出来ます。
昨年出版された『イザベラ・バードと侍ボーイ』(植松三十里)でもここでの金谷との会話が長く出てくる。離れのトイレが銅板葺なのを見るに、善一郎はかなり高額の投資をしたようだ。歴史館の説明では江戸期の(役宅としての)作りに高額の費用がかかっていることを強調していたが、善一郎個人の投資も大きいのではないか。いま場所的には「町の外れ」だが、江戸期はここ西町が中心だったようだ。奉行所は高台のこの道沿いにあった。武士の地区。
日光金谷ホテルの発祥となった「金谷ホテル歴史館」を訪ねました。土曜日でしたが15時過ぎて到着したため、「金谷ホテル歴史館」に隣接している金谷ホテルベーカリー直営レストラン「カテッジイン・レストラン&ベーカリー」の駐車場(レストラン前8台、国道向かい側8台)も運良く空いていて、すんなり駐車することができました。「金谷ホテル歴史館」の見学には、まずレストランの受付で入館料(大人550円、子供(小学生)275円) を支払って入館ゲートを通過するためのコインを受領した後、レストラン店内を横切って隣接する歴史館に向かうこととなります。ゲートを入るとまずエントランススペースがあって、金谷ホテルの歴史年表などが掲示されていて、これから見学する「金谷侍屋敷」を学ぶことができますした。説明では、「金谷善一郎が21歳の時にヘボン博士の進言により、自宅を改造して日光を訪れる外国人のためのホテルとして「金谷ホテル」の前身となる「金谷カテッジイン」を開業しましたが、金谷家の家屋は江戸時代には武家屋敷であったことから、外国人客からはSamurai House (侍屋敷)」と呼ばれていたそうです。その後2014年に「金谷侍屋敷」、「土蔵」が国の登録有形文化財に指定され、2015年3月から「金谷ホテル歴史館」として一般公開されることとなりました。「金谷ホテル」は日本最古の西洋式リゾートホテル発祥の地というだけでなく、江戸時代の武家屋敷の建築様式をそのまま残す建築遺産です。」とのことで、「ホテル」の前身が「武家屋敷」であることが分かりビックリでした。歴史館内部は、まさに「武家屋敷」というより「忍者屋敷」と云った方がよいほど、隠し扉や階段、秘密部屋などが随所に施され、外観からは計り知れない仕掛けが満載された建物となっており、外国人から人気の高かった建物であったことが理解できました。
紅葉の時期でした。とても綺麗に見えました。パワースポットかな。
そこそこ楽しめますね一度も行ったことない人はぜひリピはないかな。
明治時代の初期、日本で初めて外国人のための民宿を始め、今の金谷ホテルへと成長した、その歴史的な場所でした。隣にあるカテッジイン、レストラン\u0026ベーカリーで食事をしたついでにたまたま立ち寄って、その歴史の厚みと、侍屋敷と呼ばれた築四百年余りの日本建築、加えて花でいっぱいの庭にほれ込みました。そして、購入したのが『金谷ホテル物語』です。歴史館の館長さんの手による、日本初のリゾートホテルとして、歴史の中で揺れ動きながらも誇りをもって壁を一つひとつ乗り越えてきた人々の履歴書のような感動をもって読み終えました。歴史館に行った人には是非読んでほしい、更にこれから行ってみようという人にも読んでほしい、そんな素敵な一冊です。
隣接する金谷ホテルのレストランで見学の申し出をして入館しました。写真撮影は一部を除き許可を頂けました。レストランから進むと資料館がありその先に主屋のサムライハウスがあります。この建物は日光東照宮を管理するための奉行所の役宅が前身です。なので、全国にある武家屋敷と比較して造りや建具などが豪華です。家康公のご遺体の安置所としての東照宮は、静岡の久能山や川越の東照宮が有名で日光と合わせて「日本三大東照宮」と言われています。(各地の城内にあった東照宮は有力外様大名が幕府を慮って建てたり、ご家門が信仰の為に建てた物です)久能山や川越には、この様な奉行所の建築はのこっていない為、貴重な建物です。管理が行き届いていて、見学ができる様にして下さっている金谷ホテルさんに感謝です。
| 名前 |
金谷ホテル歴史館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0288-50-1873 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 10:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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ご先祖は上野國新田氏被官の家柄と伝えられ、その後は代々東照宮の雅楽師として笙奏者を勤め、江戸時代に東照宮護衛番用の寮だった武家屋敷を自宅にしていた金谷家。たまたま自宅に泊めたイチゲン外人さんの一言で自宅屋敷を外人専用の宿泊施設へと転用したのが金谷ホテルの始まり。よくもまあ思い切ったものだと、金谷ホテル初代・善一郎さん当時21歳のアタマの切り替え力に只々畏れ入る。ベーカリーもあるレストラン店内を通り抜け、資料室を併設した金谷家屋敷を見学。詳しい建築年代は比定出来ていないらしいが、近世日本建築の知恵と工夫を凝らした武家屋敷。味わい深い歪みのある口吹き窓ガラスと、其処からの眺望。冠木門、絶妙な高低差を利用した水泉式山水、七賢が佇んで居そうな竹林、鹿威し、水琴窟等々を設えた、苔むした見事な庭園。優しい陽光を湛えた紅葉が素晴らしい。見学後にレストランで昼食。コクのあるバターの甘味とスパイスのほのかな辛味、その他にもいろんなモノが入ってそーな、何だかわからない旨みが混淆するカレーライスがスんゲー、んまかった。素晴らしい施設だ。