大鵬の歴史を感じて。
大鵬幸喜上陸の地の特徴
稚内港北防波堤ドーム内に建立された記念碑です。
昭和の大横綱・大鵬の上陸を記念した石碑です。
大鵬関ゆかりの巨人の大鵬玉子焼きとの関わりが感じられます。
巨人大鵬玉子焼きと言われるほど、子どもが大好きだった昭和の大横綱、大鵬関は偶然ここに上陸したのが始まりでした。やっぱり偶然とは奇跡なんですね!
戦後に、昭和の大横綱だった当日大人気の大鵬関が、旧樺太から引き上げる際に稚内のこの地に上陸したことを記念した石碑が、本人の姿をプリントして作られています。ここだけでなく周りにも防波堤ドームや海保の船など見られるので立ち寄ってもよいかな、と思います。全て無料でみられます。
2024年8月下旬平日。仕事が早く終わったので、散歩がてら立ち寄ってみました。じじいの世代は、大鵬さんより千代の富士さんかな~。
昭和の大横綱 大鵬のルーツや、終戦後のソ連による悲惨な出来事を知ることができました。
大鵬は日本人の母とウクライナ人の父との間に、樺太(サハリン)で出生しましたが、終戦時のロシア軍侵攻から逃れる途中で下船したのが稚内でした。当時5歳でしたが、苦難と努力を重ねて昭和の大横綱まで上り詰めたサクセスストーリーは長く語り継がれています。圧倒的な強さと精悍な顔立ちで大人気だったのを思い出します。
写真の技術があれば…朝日を背にした「大鵬」。実に神々しい。大横綱。弟子屈の大鵬記念館にも行ったが、ここで会えるとは。感動です。
大鵬幸善上陸の地記念碑 見に行っ来ました。あの昭和の大横綱、「大鵬関」樺太からはるばる海を渡りこの地に上陸、苦労が忍ばれます。是非とも訪れたいスポットです。R5.3/12
稚内港北防波堤ドームのエリア内に建立しています。昭和の大横綱「大鵬」。当時の子どもたちが好きなもの「巨人・大鵬・卵焼き」と言われるほどの凄い人でした。
| 名前 |
大鵬幸喜上陸の地 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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優勝回数32回。歴史に残る昭和の大横綱。日本北海道での初めの一歩。