静かな雰囲気の十王駅から。
十王駅の特徴
国民宿舎鵜の岬への送迎が便利な駅です。
旧十王町域の中心駅として活気があります。
特急が停まらないため、静かな雰囲気が魅力です。
最寄り駅なので、東京に遊びに行く際に利用してます。何も無い、寂しい駅です。
2026/1/17(土) 立寄り閑散とした駅だが、意外と人通りが多かった。定期的に国民宿舎鵜の岬のバスが駅ロータリーに来ている。
十王駅は、茨城県日立市十王町友部にある、JR東日本(常磐線)の駅です。明治30年(1897年)日本鉄道の川尻駅(かわじりえき)として開業しました。明治39年(1906年)日本鉄道が国有化され、官設鉄道の所属となりました。明治42年(1909年)線路名称制定により常磐線の所属となりました。昭和24年(1949年)日本国有鉄道が発足しました。昭和62年(1987年)国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となりました。平成16年(2004年)十王駅に改称し、駅舎が改築され、自由通路が設置され島式ホームになりました。島式ホーム1面2線を持つ地上駅です。駅のある「友部(ともべ)」という地名は、かつてあった常陸国の多賀郡(たがぐん)友部村に由来します。明治22年(1889年)友部村・伊師本郷村が合併して、櫛形村が発足しました。昭和30年(1955年)櫛形村・黒前村が合併して十王村が発足しました。昭和31年(1956年)十王村が町制施行して十王町となりました。平成16年(2004年)十王町が日立市に編入しました。十王(じゅうおう)という地名は、かつて町内にあった「十王堂」が由来です。閻魔王ら10人の王を祭った、十王信仰の仏堂でした。この地域は、古代には、陸奥国(東北)への入り口にあたる「勿来の関」に近い要地として知られました。平安時代末期から鎌倉時代にかけては、常陸北部の有力豪族・小野崎氏の本拠地となり、地域支配の拠点として発展しました。現在も山城跡などの遺構が点在しています。江戸時代には水戸藩領となり、十王は「北の守り」の重要拠点となりました。徳川光圀(水戸黄門)ゆかりの地も多く、景勝地「鵜の岬」周辺の美しさは古くから詩歌に詠まれています。また、沿岸部では漁業が、内陸部では十王川の豊かな水を利用した農業が営まれました。明治以降、日立鉱山の開発や日立製作所の創業により、隣接する日立市が工業都市として急成長するなか、十王は食糧供給地や居住区としての役割を担いました。
日本一予約の取りにくいと言われている国民宿舎鵜の岬に行くので下車しました。定期券で乗車、Suicaアプリで下車したかったので駅員に連絡したが、不在のため15分ほど待ちました。
改札出て階段を上がり右を見ると外に待合室のような物がある。そこにはいつもじーさんが1人で占領していて喫煙してる時もある。まるでスケルトンハウスのようだ。撤去した方が良いのではないでしょうか?
十王駅は2004年までは川尻という駅名で、言わずも知れたJR東日本の名曲「Water Crown」の川尻Verが使われていました。今は吉田正作曲の「若い港」と、「いつでも夢を」が発車メロディとして使われています。駅の雰囲気は非常に良いです。日中は閑散としています。
静かな駅です(*´∀`*)常磐線(水戸~いわき間)では数少ない、特急が停まらない駅です。駅の周辺は住宅街ならびに飲食店が点在しています。駅からバス🚌oRタクシー🚖で10分くらい行くと、十王ダムがあります!(十王ダムは圧巻の景色が望めます✨)
線路は築堤上を走っており改札口・通路は半地下構造です。
日立市の旧十王町域の中心駅で、2004年3月に川尻駅から十王駅に改称されました。鵜の岬や伊師浜海水浴場への最寄り駅です。東口には茨城交通と椎名観光バス、西口には椎名観光バスの路線バスが発着しています。現在は島式ホームになっていますが、以前は上下線のホームが別々の2面式ホームでした。
| 名前 |
十王駅 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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十王駅は、茨城県日立市北部に位置する常磐線の駅で、落ち着いた住宅街の中にある静かな雰囲気が魅力です。駅自体は飾り気のないシンプルな造りですが、太平洋を望む高台のロケーションが多く、海好きにはたまらないエリアの拠点となります。駅から少し足を延ばせば、十王パノラマ公園があり、展望デッキからは日立の海岸線を一望できる絶景スポットとしておすすめです。春には桜、夏は新緑、冬は澄んだ空気の中で水平線がくっきりと見え、四季折々の景色を楽しめます。観光地としての賑わいは控えめですが、その分のんびりと過ごせるのが魅力。日立市中心部へのアクセスも良好で、海沿い散歩や自然散策の出発点として穏やかな旅を求める方に向いている駅です。