慶長年間から続く、蟇沼の味!
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| 名前 |
蟇沼用水 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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慶長年間(1596〜1615)に開削され、蛇尾川上流の蟇沼(旧塩原町)で取水、「接骨木(にわとこ)堀」と呼ばれた。その後、旧西那須野町石林まで延長され、「蟇沼堀」と呼ばれるようになり、明和八年(1771)、大田原城まで引かれ、大田原城内の飲用水として使用されたため、沿線の農民が、飲み水以外で利用することはできなかった。沿線の農民が水田に利用できるようになったのは、明治に入ってからで、明治三十三年(1900)に、現在の用水堀ができた。那須塩原市における、江戸時代唯一の用水である。水量が多く、用水の速さには、目を開かされ、驚かされる。