銚子の千人塚で霊を弔う。
千人塚海難漁民慰霊塔の特徴
銚子港に位置する海難漁民の慰霊塔です。
歴史的な意義を持つ慰霊の場となっています。
水難事故の漁師を供養するために建立されました。
海難事故に遭った漁民の霊を弔うための塚です。小高い丘には石碑がいくつも立てられています。頂上は広場になっていますが、公園ではありませんので、近寄る人は少ないようです。基本的に手入れはされていないので、ベンチは朽ちていますし、ゴミは落ちてますし、雑草は生え放題です。荒れ地と区別がつきません。先祖の霊と一緒にこの場所も供養してあげた方が良いかも知れません。
駐車スペースが狭いので気をつけて下さい。私バックでぶつけてしまいました!バチが当たりました🎯
【千人塚と銚子漁港】銚子には、「銚子の川口てんでんしのぎ」という言葉が伝えられています。これは、利根川の河口付近を航行する際、自分の船の安全を確保するだけで精一杯で、他の船のことはかまっていられない、という意味です。利根川の河口付近は、川幅が狭く、千潮と満潮時の潮の流れが急で、また水底には隠れた岩礁があり、大変危険な場所です。そのため、船頭達の間では「阿波の鳴門か、銚子の川口、伊良湖渡合が恐ろしや」と言われるほど、海難事故が多発する日本の海の三大難所の一つで、多数の犠牲者を出したのです。漁業関係者をはじめとする多くの人々は、近世以降銚子付近で難した船の乗組員たちの慰霊と供養を「千人塚」で続けており、今でも毎年1回「施見」が行われています。現在は、1971年(昭和46)の銚子漁港整備計画により利根川沿いに運河方式の新航路が完成したことで、出入り時の危険はなくなりました。また、外港も整備され、沿岸、沖合、遠洋漁業の基地として全国から漁船が集まる総合漁業基地となり、全国屈指の水揚げ量を誇る日本有数の漁港へと成長し、更なる発展が期待されています。
少し怖い話になりますが、昔は水難事故が多く建てた慰霊碑。去年までは階段手前の左側に電話BOXがありましたが、度々夜中に救急か警察の方に電話が繋がるみたいで、今年撤去されましたが……撤去されて以来……事故が多くなった気がします。
千人塚は本銚子町川口に瀕して巨大なる古塚がある。これを千人塚と言っている。塚の上には石の地蔵像が建っている。昔、漁夫の溺死した者千人を埋葬した處であるといわれている。まだ灯台の設けのない時分に海が荒れると此の塚の上に焚火を焚いて川口の目標としたのである。今は塚の上には水難救済会の監視所を設けて、もっぱら難破船の救助に努めている。【大正8年 日本伝説叢書より 】口碑には水難の漁人千人を埋葬したため塚の名起こるとあるが、もとより一度にそんなに沢山葬った意味ではなく、累積し、いつしか言われるようになったことと思われる。又千人塚は塚の名が示すとおり墓所で、ここに遭難者の遺体が葬られた。千人塚に葬られたのは地元民ではなく他郷の者や無縁の者であったのではないだろうか。と記されている。【1983年銚子市史2より】【銚子市史2】にて1614年の大津波襲来と千人塚の名前の由来は、全く関係がないのではないかという姿勢である。田中家文書【先代集】に1614年の大津波の事は記されているが海難事故については一切触れていない。1000人の漁師が、半農としてもそれだけ乗れる船があったとしたら・・・ 云々。気になったら銚子市史2を読んでみてください。w千人塚の歴史 【1856年銚子市史より】【1983年銚子市史2より】❶ 1706年 観音石造【有縁無縁界往生極楽並菩提 宝永三丙戌年六月 施主欣心】何者かは分からないがすでに像立されていた。❷ 1725年 追善供養の石地蔵 高さ6尺余の立像 背面【奉開眼供養導師飯沼山円福寺良恵 願主慈観 威徳寺末坊 享保十年八月吉祥日】❸ 1816年 文化13年2月に 浄土宗の高僧徳本上人を招聘して法要を行いその筆になる【南無阿弥陀仏】の名号塔を建立。徳本上人といえば独特の文字の南無阿弥陀仏の念仏供養塔が各地に残されて有名である。❹ 1960年 昭和35年漁業関係者によって【海難漁民慰霊塔】が建立された。今は塚の前面一帯に墓石や供養仮塔婆が立ち並んでいる。墓石は明治が15、大正が5,昭和が13と合計33基だけ判別できる。と記されている。
銚子漁港近くの道路沿いにある慰霊塔です。小高い所に、かつて海でなくなったかたがたのお名前や船の名前などが刻まれた慰霊の塔がたたずんでいました。銚子の海は荒海で、命がけで船に乗られていたことがしのばれました。小高いので、港や海の景色がよく見えました。うおっせやポートタワーに来た際には、ここにもぜひ!
3月に立ち寄らせて頂いた銚子港にある海難漁民の方々の慰霊塔です。ちょっとした小さい丘の上にあります。銚子漁港付近は利根川の流れや潮の流れが速く船の難所になっていた場所だったみたいで犠牲になられた方を祀られた慰霊塔です。この犠牲になられた人々のお陰で今の銚子漁港の礎を作り上げてきた先人に敬意と感謝の意を込めてお線香を挙げてきました。慰霊塔ある小さい丘から見る銚子大橋は個人的には最高の景色です。また空気が澄んだ快晴時の夕日も絶景で最高です。
海難漁民を慰霊するための塔です。銚子漁港は利根川の河口ということもあって、非常に潮の流れが複雑で日本三代難所と言われた場所でした(今は港湾整備により新航路が作られて海難事故の危険はなくなりました)。慶長19年(1614年)大風によりたくさんの漁船が転覆し多くの犠牲者が出たということがありました(地震の津波による犠牲者という説もある)。この塚はそういった犠牲者を慰霊するために作られたものです。今日本人が美味しいお魚をたくさん食べらるのもそうった犠牲者により豊かな社会が築かれたからだと思います。
| 名前 |
千人塚海難漁民慰霊塔 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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銚子川口てんでんしのぎ川口は海の底から火山の溶岩が突き出していて、通り抜けるのが難しい難所でした。運河が作られて海運の安全が確保され、付近は埋め立てられて、昔の景色からは変わりましたが、この千人塚に上れば海が見え、昔の面影を少し感じることができます。たくさんの死者への弔いと、海の恐ろしさを伝えて行くためには、こうしたモニュメントは貴重なものになるのでしょう。ここに来ると、猛霊八惨を思い出します。昔、年寄から聞かされた恐ろしい話。船には底の抜けた柄杓がお守りとして付いていたそうです。猛霊八惨が現れると「柄杓をよこせー、柄杓をよこせー!」と騒ぐらしい。柄杓を差し出さないと即座に船を海に引き摺りこみ、柄杓を差し出すとそれで海水を汲み上げて船に水を入れて、海に船を沈めてしまう。底の抜けた柄杓なら、どんなに汲んでも水は船には入らず、そのうち諦めて去ってくれると云う。こうした史実と伝説を今に伝え、見渡せる利根川と海、銚子の港の安全を見守っているかのように、静かに佇んでいます。