169号線沿い、森神社の静謐。
森神社の特徴
延喜式式内社として歴史を感じる神社です。
国道から一本入った旧道に位置しており、隠れた魅力があります。
169号線を北に向かうと、右手に森の景観が見えます。
延喜式 式内社です。銅板葺・一間社春日造の本殿 拝殿はありません、巨樹好きにはたまらない本殿横の御神木、鳥居手前の欅の巨樹 こんもりとした森に囲まれています。
169号線を天理ICから北に向かっていると石材屋付近、右手に森が見える。これは森神社の社叢である。社叢は北側の恵比寿神社、姫大神社へと広く続いており、巨樹が多く存在する。環境省 巨樹・巨大林DBによると以下の巨樹が登録されている。No.69262 スギ 350cm 恵比須神社No.69263 ムクノキ 311cm 恵比須神社No.69264 ケヤキ 543cm 姫大神社No.69265 スギ 375cm 森神社No.69266 ケヤキ 450cm 森神社No.69267 ケヤキ 450cm 森神社。
169号線のすぐ東側にありますが、入口は国道から一本入った旧道の方にあります。鳥居の横には大きな欅の木があり、その他にも巨木が多く国道の騒音が聞こえているのに情景は静かな鎮守の森そのものです。境内は狭く鳥居を潜るとすぐ右手に本殿が見えます。銅板葺の素木1間社流造で、土台部中央には直径40センチほどの俵のような石が置いてあります。構造部に乗っていないので重しというより信仰の対象といった感じです。これが亀の形をしていたら面白いのですが、ただの丸い石です。本殿左手に朱塗りの八王子神社の祠があります。主祭神は対馬から来た占いの神だとか平城京にあった神が引っ越してきたなどの説がありますが、それを示すような由緒書きも遺物も見つけられませんでした。ただ欅の巨木が多く、普通の氏神さんではない雰囲気がありました。森の奥に目をやると、本当に小さな赤い祠が見えました。何の神様かは分かりませんが、忘れられたように鎮まっていました。
| 名前 |
森神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33642 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
森神社(もりじんじゃ)。奈良県天理市森本町。式内社(大)太祝詞神社(フトノトノ)、旧村社。【祭神】天児屋根命 亀津姫命(カメツヒメノミコト)祭神は、宮中における神祇祭祀で奏上される祝詞を神格化した太祝詞命であろう。【関係氏族】卜部氏資料によると、由緒などからみると、当社祭神は、宮中における神祇祭祀で奏上される祝詞を神格化した太祝詞命とみるのが順当(対馬の卜部が行う亀卜の霊の神格化)、亀津姫命は、神名からみて亀卜の霊を神格化したものと解されるが、本来は、日神に仕える巫女・オオヒルメムチがアマテラスになったように、亀卜の神であるフトノリト命に奉仕していた巫女が神格化したものともいわれ、この二神は同じ神と見ることもできる。本来は、対馬卜部氏によって対馬に祀られていた神が天平神護元年のころには大和添上郡に鎮祭され、平安遷都によつてこの神も京中左京二條に遷したが、本社として大和と対馬両国に残されていた、と考えられる。しかし、京中の太詔戸神は貞観元年(859)正月甲申に正五位下(続日本紀)、天慶3年(940)7月5日には正三位(日本紀略)に叙せられているが、本社の方は見捨てられた感がする。現在の当社の御祭神を「天児屋根命」とするのも卜部が中臣氏の配下にあったことによるとも考えられます。しかし一方で上述の寛文五年の棟札に「祭神亀津姫命」と記載されていることから江戸時代初期には「亀津姫命」なる神が御祭神と見なされていたことがわかります。森神社の背面(北北東)に姫大神社(もと祓戸社という)があり、丁度、菩提仙川が南へ曲がる淵に面している。ここが、『江家次第』に伊勢齋王が帰京に際し、名張横川禊、大和都介頓宮に就き、翌日、和爾川禊とある場所にあたるとする。社名は「フトノト」「ノリト」「モリト」「モリ」と変化したという。道路東に社叢が目立つ。本殿の下に磐座がある。とあります。