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案内柱に記載されていた文章を写しました。「江戸時代のこと、旅の尼僧が抱く赤子に地元の人が乳を与えましたが礼を言って立ち去った尼僧は力尽きて倒れ峠に葬られました。後日訪れた身内の信州伊那郡の片桐勘四郎(旅の六十六部)もここで力尽き葬られ、二つの塚を築いた村人は農作業の合間に通っては手を合わせいたそうです。近年この六部塚(六十六部の略)は案内板から南へ80m下った所で見つかり、小山田の田中谷戸集会場では石塔が発見され、民話が本当だったことがわかりました。」「田中谷戸集会場」とは町田市の「田中谷戸倶楽部」のことなのでしょうか?「田中谷戸倶楽部」にはたくさんの石塔が置かれており、そのうちの一つがここの六部塚のものなのかもしれません…。