天神下堂で味わう、心温まるひととき。
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| 名前 |
天神下堂(観音堂) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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「天神下堂(観音堂)」は上下町松崎地区の国道432号線沿いにあり、単に「堂さん」とも呼ばれています。壁も天井も無い四本柱の東屋で、広さは2畳ほど(2.0m×2.4m)。屋根は入母屋造りの瓦葺きで、床板が張られています。江戸時代の中期、享保年間(1716~1736)に再建された際の棟札が割れた状態で置かれており、昭和13年(1938年)に改築した際の棟札と寄付者奉名板が掲げられていました。文化庁の記録や上下町史によれば、昔は街道を行きかう旅人が宿泊していたそうです。正面奥側の上段には祭壇が設けられ、ガラス戸のある収蔵庫が置かれています。その中には、大そう立派な観世音菩薩の木像が祀られていました。また、敷地の左奥にはコンクリートブロックで基壇が設けてあり、数体の石造地蔵菩薩像と荒神社が祀ってあります。手前の国道側には、明治42年(1909年)に建立された立派な石塔「岡戸國手碑」が建っています。敷地の隅々まで管理が行き届いており、大切に守り継がれていることが窺われます。江戸時代に大半が福山藩の領地であった備後地域では、当時の街道筋に今も多くの辻堂が残っています。初代福山藩主の水野勝成が、旅人のための休憩所の整備を領民に奨励したのが始まりとされています。当初は旅人の休憩所でしたが、後に地蔵や石仏が持ち込まれて信仰の場としての意味も持つようになりました。〇〇地蔵堂や〇〇観音堂などと呼ばれていることもありますが、多くの辻堂には固有の名前がなく「お堂さん」「四つ堂」などと呼ばれています。国は昭和58年(1983年)に、広島県内の辻堂を「安芸・備後の辻堂の習俗」という名称で無形民俗文化財に選定しています。