旧海上自衛隊跡地の歴史探訪。
| 名前 |
圓通寺廃寺跡(三浦氏歴代菩提寺) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
046-824-3688 |
| HP |
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/5560/documents/tuikasiryou.pdf |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
旧海上自衛隊大矢部弾薬庫近年、自衛隊は撤収し広大な更地となっているが、2021年、横須賀市は跡地を獲得(現在は国有地)する為に調査を行うと発表した。もともとこの地は、三浦氏の菩提寺(圓通寺)があった場所。「風土記稿」には「開基は初代為道で位牌も安置されている」とある。三浦氏の衰退とシンクロする様に、往時は威勢を誇った様だが、江戸末期にはかなり荒廃していた。明治の廃仏毀釈をきっかけとし、廃寺となってしまったが、ご本尊と裏山の「やぐら群」から「五輪塔」が近くの「清雲寺」に移され現在も残る。ご本尊の「滝見観音」は宋からの渡来仏であり、重要文化財の指定を受けている。この時代に渡来仏を祀れる事は三浦氏の実力は相当なものであった事が伺える。また、五輪塔は「為道と義継」の墓と伝えられ、清雲寺でもともと御供養されていた「二代為継」の五輪塔を挟む形で置かれている。三代義継の五輪塔が何故、二代為継を弔うために義継自身が創建した清雲寺ではなく、圓通寺のやぐらに安置されていたのか、ちょっと整合性が取れないが、あくまで「伝」であり、また個人の心情などわからないので、深くは考えずにおこう。もしかしたら、初代の側に葬られたいと思ったのかも知れないし。廃寺となった同寺院跡は昭和14年(1939)に海軍施設として接収され、戦後も2003年まで海上自衛隊が管理していた。昭和の接収にあたり事前に行われた調査によると、山裾のやぐら群(深谷やぐら群)は21ヶ所。なかには入口に三浦氏の紋が彫られた石扉がついていたモノもあったらしい。前述の五輪塔はこの時に移された。軍事施設に接収されたお陰で、手付かずの状態で残っている可能性もあるし、今後の細密な調査に期待したい。市が取得した後は公園施設への利用が想定されている。