ゆく春や 紫さむる筑波山。
与謝蕪村句碑の特徴
与謝蕪村の句ゆく春や 紫さむる 筑波山が彫られています。
茨城県結城市に位置し、蕪村のゆかりある場所です。
筑波山を眺めながら季節を感じることができます。
「ゆく春や 紫さむる 筑波山」与謝蕪村は大阪・毛馬の生まれですが、20〜30代の頃10年ほど結城に滞在していたそうです。蕪村が俳人として花開くのは40歳を過ぎ上方に戻ってからですが、修行時代を過ごした結城にはその足跡を残す史跡などが少なく、それを憂いた有志の方々が昭和41年にこの石碑を建てたのだとか(他に結城駅前と弘経寺にも句碑あり)。尚、句碑以外の結城での蕪村の痕跡としては、身を寄せていた弘経寺(ぐぎょうじ)にある蕪村の襖絵(蕪村は俳諧だけでなく絵も有名)、そして蕪村が結城時代に創作した詩『北寿老仙をいたむ』があります。後者は蕪村が師のように慕っていた結城の早見晋我(同門の友・砂岡雁宕の叔父)の死を嘆いて詠んだ“自由詩”ともいえるもので、この詩を刻んだ石碑が妙国寺にあるのだそうです。城跡公園内のあずま屋からは、樹々に少し隠れていますが筑波山の山頂が見えます。蕪村の時代、結城には既に水野氏が入封しており、句碑が建つ場所はその城館(本丸)となっていました。蕪村が城から筑波山を眺めてこの句を詠んだとは考えにくいですが、蕪村も度々訪れたであろう下館へ向かう途上には紫峰を望むのびやかな風景が広がっており、若き日の蕪村の詩心を刺激したに違いないと思わせてくれます。
| 名前 |
与謝蕪村句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
この碑には…ゆく春やむらさき さむる 筑波山 蕪村と彫られています。数年前にある人からこの句のなかの「さむる」とはどんな意味なのかと、質問されたことがあります。その時は…この句をよくご存知だなぁと、感心したのでした。結城城址にあるこの碑をご覧になって覚えていらしたのだ…と後で判りましたが…さて、この句は【蕪村句集 巻之上 春の部】に見えます。それには…行(ゆく)春やむらさきさむる筑波山(つくばやま)とあり、安永3(1774)3月と記されています。蕪村59歳頃の作と思われますが…若い日を過ごした結城時代を思っての句かもしれません…あの山容は忘れられない美しさですから…「さむる」は「褪むる」であり、色が褪めてゆくの意味で、春が進み、霞がかって…次第に山の 紫色がうすらいでゆく様子を詠んだものと思われます。【結城筑波】と、特に愛称され、この地からのみ望むことの出来る、美しい双耳の名峰を愛でる気分が伝わってきますね…2024. 9. 8結城城址を再訪、蕪村句碑周辺を散策してきました…2024.11.9