来迎寺駅で花火へGO!
来迎寺駅の特徴
片貝花火へのアクセスが便利な最寄駅です。
2022年から切符窓口が廃止されました。
縁起の良い駅名が印象的な来迎寺駅です。
トイレあり駅員さんのいる時間が非常に短い。完全無人化されそうSuica使用不可。券売機もチャージ非対応。
何とも縁起の良い駅名。駅の近隣に来迎寺という寺院はないようです。駅舎壁面の紅葉の絵が極楽浄土を思わせる。
構内に窓口がありますから、かつては職員さんがいた事を伺わせます。今では無人駅です。
新潟県長岡市旧越路町地区の、玄関駅で有る来迎寺駅。私がこの歴史有る駅の魅力を、皆様に御紹介致します。長文となり誠に恐縮ではございますが、時間の許す限りお付き合い頂ければ幸いに存じます(2022年6月16日投稿)。1.古さと新しさが同居をした、素敵な駅舎です1979年11月度完成の駅舎は、かつての交通の要衝(信越線のみならず、旧魚沼線と旧越後交通長岡線の分岐駅で有った)に相応しく大きくて立派な建物です。2016年2月にリノベーション(改修)工事が実施をされ、待合室と男女別トイレがお洒落で綺麗になりました(トイレは洋式です)。旧越路町地区には、来迎寺駅の他にも越後岩塚駅と塚山駅の2つの駅が有ります。2.かつては、プラットホームが6面存在した交通の要衝でした現在は、信越線の棒線駅(交換設備が無い駅・上り用の1番線と、下り用の2番線の2面のみ)となっている来迎寺駅。1984年3月までは、旧国鉄魚沼線(来迎寺駅から西小千谷駅)用の頭端式の0番線が存在しました(現存しております)。また、1995年3月までは旧3番線(信越線下り用)の側面に、越後交通長岡線(旧路線名が長岡鉄道線で、来迎寺駅から西長岡駅を経て、寺泊駅。但し、現在のJR東日本さんの寺泊駅(長岡線営業当時の駅名は、大河津駅)では無くて、きんぱちの湯さんの駐車場付近に有った駅です)のプラットホームが2面(長岡線用1番線と、2番線)存在しました。越後交通さんのプラットホーム2面は既に取り壊されており、住宅地と道路に変わりました。3.旧3番線の、ユニークなレイアウト2000年4月頃に廃止をされた3番線ですが、元々は信越線下りの特急・急行列車の待ち合わせの為の、普通列車停車用に設置をされたプラットホームです。普通列車を3番線に停車をさせて、特急・急行列車が2番線を通過して追い越すシステムでした(因みに来迎寺駅は特急列車の通過駅で有り、急行列車もきたぐに号以外は停車をしませんでした)。少子高齢化により、信越線の利用客と運転本数が減少し、列車交換の必要性が無くなった為に廃止をされました。見附駅など、他の信越線の旧交換可能駅は外側の3番線を特急・急行列車の通過用プラットホームに設定していたのですが、来迎寺駅だけは何故か内側の2番線に設定。とても、ユニークですね。この構造ですと、上り普通列車の特急・急行列車の追い越しは難しくなりますので、(普通列車を、逆方向の3番線に停車をさせる必要が有ります)来迎寺駅では上り列車の追い越しは行っていなかったと思います。4.来迎寺駅の未来絵図2代目の現駅舎は、後20年は継続使用が可能だと思います。3代目の新駅舎は、2042年頃には完成していると思います。懸念材料としては、将来的な無人駅化の可能性が有ると言う事です。2022年2月のみどりの窓口廃止と駅員さんの滞在(営業)時間の短縮化は、私には将来的な無人駅化への布石の様に思えてなりません。既に2021年3月には、越後線の出雲崎駅が無人駅化。そして、2022年3月には同じ越後線の分水駅も無人駅化をされました。少子高齢化による人口減少は、新潟県の鉄道線の利用客数の減少に直結しております。来迎寺駅も無人駅化をされれば、新駅舎は橋上駅舎にはならず、現駅舎よりも小規模な物になる事は確実です。何れにしても、素晴らしい駅舎になって欲しいですね。また、旧0番線跡地を残し、旧魚沼線モニュメントを作って欲しいと思います。
2月末でみどりの窓口が廃止になった。駅係員も午前中の特定の時間のみの勤務なので駅スタンプのゲットが非常に難しくなってしまいました。
この駅は 2022年3月1日から 駅員さんが切符を発売する窓口は廃止となります。窓口は 2月28日 12時30分をもって営業終了です。
通勤通学時は駅前が送迎車で混雑します。それ以外は混みません。2016位にトイレ全体が新しくなり、小は3、大は1でウォシュレット無し。自由に停めれる車の駐車場は無し。待合室、冷暖房完備。
9/9,10の片貝花火に徒歩でいくときの最寄の駅の一つ。まっすぐ南に4キロ進むと、打ち上げ場所の浅原神社近辺につきます。徒歩で40分〜1時間程度。駅前にコンビニがありました。(2017/9/10)
| 名前 |
来迎寺駅 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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今から37年前の1987年4月1日。忘れもしない。国鉄からJRに変わるタイミングで学生向けにフリー切符が出ました。当時中学生だった私と友人の2人で大阪から東京、上越新幹線で新潟に行き、帰りは終電の特急北国に乗って大阪に向かいました。ところが特急北国はフリー切符で乗れる最後の電車と言う事もあり、すし詰め状態で身動きが取れないくらいで、とてもじゃないが大阪まで持たないと思い次の駅で降りました。その時車内にいた大学生らしき人たちからは降りたら電車無いよ。降りたらダメと言われましたが、何かの情報で次の電車もあると思い込み反対を押し切って降りました。その駅が来迎寺駅でした。案の定駅員さんからもう電車来ないよと言われ、しかも電車を降りたためフリー切符の期限も切れて途方にくれている時に駅員さんが、家に電話をしてくれて明日の始発で大阪の電車に乗せると親に言ってくれました。電車賃も駅員さんが立て替えてくれました。その夜は駅に泊めてくれました。ストーブも付けっぱなしで、さらには駅員の休憩部屋に寝かしてくれました。朝は駅員さんの母親が来ておにぎりも持って来てくれました。そしてお礼を言って大阪行きの電車に乗りました。後日母親が来迎寺駅にお礼の手紙と運賃を送った所、駅員さんから返信が届き、母親の手紙を駅の掲示板に貼った事の連絡でした。駅員さんもこのようなお手紙を頂いた事に感銘を受けたようでした。私も良い思い出になりました。当時の駅員さんには大変お世話になりました。ありがとうございました。