歴史と風情の東富山駅で駅スタンプ。
東富山駅の特徴
110年の歴史を誇る東富山駅の駅舎を体感できます。
JR西日本からあいの風富山鉄道に変わった駅です。
駅スタンプはスタッフにお願いすると手に入ります。
駅の東西に入口出口はありますが、自由通路はないです。横断には入場券が必要になります。
普通の駅です。
かつての東岩瀬駅。かつてこの駅で貨物列車と臨時客車が衝突した。多数の死者がでた。この駅にあるレンガ倉庫は当時からあったものでこの倉庫が遺体安置場になったことから雨夜の日には倉庫前に影が出るという都市伝説があるとか?
東富山駅には古くからある西口駅舎と、近年になって新設された東口駅舎があります。西口駅舎には窓口がありますが、東口駅舎は無人で、券売機と集札箱のみの設置となっています。東富山駅では西側の1番線が糸魚川、直江津方面乗り場、3番線が富山、金沢方面乗り場となっています。
新富山口駅のスタンプこの駅においてあります、昼の時間無人になります。
今から遡ること110年前の大正時代の1913年。日本各地に鉄道が開通しはじめる直前のこと。この北陸本線は、重要な要であった。前日の10月16日、長野の善光寺などを参拝した今の福井県南越前町などから来た302名の旅行団の人々は全ての行程を終えたこの日、長野始発の臨時夜行列車で福井へ帰る予定であった。長野を午後7時04分定刻に発車。天候は雨が降っていたと思われる。直江津駅に到着後、機関車の付け替え、方向転換を行い、永見機関士、火夫さん、数名の車掌が交替を行い列車番号を第700列車とし、翌17日午前0時30分に発車。糸魚川を午前2時07分に発車。順調に福井へ向かっていた。その頃富山駅ではある列車が直江津方面に向け準備をしていた。不定期貨物列車の第43列車(両見機関士)である。第43列車は行き違いを行う為に、東岩瀬(現東富山)に接近。遠方信号機(赤信号)を確認し減速を試みるも、雨で線路が滑り、速度が落ちない。今の電気式ではなく、石油による信号の時代である。このままではオーバーランしてしまう。山本駅夫は、直江津方の信号を赤にしろと指示。だが降りしきる風雨の為に消えてしまう。タブレットを受けとるも、オーバーランを起こし、直江津方約24mの上り転轍機の辺りで停止した。この時、構内信号機が故障。赤と青の中間を示す形となった。反対の長野から来た下り第700列車は、まさか前方に列車が停止しているとは知らず、そのまま進行した。700列車運転士は、速度を落とすことなく┉。午前4時23分頃、東岩瀬に退行しようとしていた第43列車は、第700列車と正面衝突した。第700列車は二等客車10両、貨車12両編成であったが、客車9両が転覆、或いは脱線。暴走した6両目が2両目に激突し、粉砕してしまった。雨の中、消防団など120名が救助にあたるも、降りしきる雨の為、作業は難航した。夜が明けると、富山駅から救援列車が到着。無傷、軽傷で済んだ方は夕方の富山発の臨時便で。犠牲となってしまった人々は翌18日夜の定期列車に連結した二等客車に乗せられ故郷へ戻り、無言の帰宅となってしまった。この事故は鉄道開始以来の大珍事と報じられた。死者26名(子供を含む即○21名)重軽傷104名の大惨事となってしまった。もし、安全側線があったならば…と痛感する事故でした。
もとはJR西日本、いまはあいの風富山鉄道の駅です。富山駅から一駅となっています。周辺は住宅地と田んぼとなっています。かろうじて駅員さんが常駐してくれています。駅舎は古くボロですが、ボロすぎて今ではいい味を出して来ています。このままますます味に磨きをかけてもらいたいものです。小さな駅ですが利用者は結構多いと思います。今までは西側にしか出入り口がありませんでしたが、新しく東側にも出入り口が設けられました。
2018年6月21日駅員のお兄さん?おじさんが丁寧で優しかった。
駅スタンプがあり、駅員さんに頼むと出してくれます。近くに富山東高校があり、生徒の乗降の多い駅です。が、駅前はさびれてます…(^_^;)公衆トイレが付属しています。
| 名前 |
東富山駅 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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東富山駅と新富山駅の駅スタンプがあります。駅スタンプは駅員さんに申し出れば出して貰えます。