揚げたてメンチカツとビール。
城端駅の特徴
JR城端線の終着駅で、歴史ある交通拠点です。
徒歩圏内に美味しい揚げたてメンチカツの精肉店があります。
昔懐かしい国鉄キハ40形気動車が乗れる貴重な場所です。
少し前の話になりますが、ベルモンタに乗って城端駅に来ました。駅の周りはお店は少ない感じでしたが、駅建物内に観光案内所がありそこでアイスを買って食べました。
富山県南砺市べるもんたなどで止まった事はありますがそこまで使った事は無いです。土日は観光案内もしてる様です。
2月28日に訪問させていただきました。本来ならば、ベル・モンターニュ・エ・メール号に乗車して来る予定でしたが、北陸線でトラブルが有り、今回はタラコ色のキハで訪れました。天気も悪く雨模様だったので、近隣の散歩が出来ずじまい。高岡の列車の都合もあり、少しだけ改札口を抜けて駅舎周辺を見渡すことくらいしかできませんでした。城端、氷見線と通しで乗れば2時間くらいだったと思いますが、盲腸線(終点の行き止まり)を城端駅と氷見駅で見られる事は羨ましい限りですね。
2011年6月に訪問しました忍者ハットリくんのラッピングがされたキハ40が走っていましたこの後氷見線を乗りましたが、城端から氷見行きの切符より城端から高岡までと高岡から氷見までの切符を買った方が安くなるという謎ルールに遭遇しました。
2025年7月長閑なローカル線終着駅の佇まい。天気が良いので、写真が映える。タラコ色のキハ40・キハ47を見る事ができる。
南砺市にあるJR西日本の駅です、城端線の終着駅になります。城端線そのものに興味があり富山訪問の際に寄ってみたい願望があって今回叶いました。特に変わったところは有りませんが、2面2線構成で規模や設備はしっかりしています。夜だったので詳細な外観は不明ですが、駅舎・待合室や切符販売機、トイレに自販機もちゃんとあります。駅前からのバス路線も相応に充実していて制約有りながらも移動拠点に使えそうです。
城端駅(じょうはなえき)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)城端線の終着駅です。明治30年(1897)、中越鉄道が福光駅から延伸し終着駅として開業しました。大正9年(1920)、中越鉄道の国有化により、鉄道省(国鉄)中越線の駅となりました。昭和17年(1942)、中越線の高岡駅~城端駅間が城端線に改称されました。昭和62年(1987)、国鉄分割民営化により、JR西日本の駅となりました。画像は国鉄時代の昭和54年7月7日に撮影したものです。
かつて五箇山からの物資は五箇山街道を通して城端に運ばれていました。その歴史は古く、石山合戦時代(1570~1580年)には五箇山で採れた塩硝がすべて城端に集められたと伝えられます。明治以降は薪炭の需要が増え、五箇山産の木炭が城端駅から各地に搬出されたのです。城端駅を見てみようと思い立ち、旅の最終日に相倉の宿から五箇山トンネル経由で行って来ました。周囲に大きな建物も無く、こぢんまりとした田舎の駅です。人影もまばらでしたが城端駅~白川郷のバスが一日5便出ており、古くからの絆を保っています。で、本論はここからです。城端駅近くの福光インターから東海北陸自動車道で名古屋へ向かったのですが、とんでもない目に遭いました。かつて経験したこともない強烈な睡魔に襲われたのです。連続して出現する長いトンネルのため「高速道路催眠現象」に襲われたのです。チカチカするトンネルのライトに徐々に瞼が垂れ、意識が遠のきます。深呼吸をしたりBGMの音量を上げますが効果はありません。コーヒーや強力コーラ、そしてガムも噛んでみましたが全く効きません。やむなく頻繁にSAに停まります。数分で覚醒しますが、本線に入るとまた同様の睡魔が襲ってくるのです……トンネルの無くなる美濃インターまでの2時間、生きた心地がしませんでした。ホント怖い道路です。設計者出て来い、ですよ。皆さま十分にお気を付けください。2025.6.17
高岡駅から昔懐かしい国鉄キハ40形気動車に揺られて、1時間弱で着きました。木造駅舎も趣があり、当駅にいると昭和の時代に戻ったような不思議な感覚になります。隣接している観光案内所ではお土産品販売の他に『どこの国から来たの?』シールアンケートがありました。当駅から白川郷行きのバスが出ています。
| 名前 |
城端駅 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
ベルモンタ号を乗るために城端駅に訪れました。目を引いたのが、南砺福野高校 家庭クラブの生徒さんたちが制作した「手作り座布団」です。しっかりした座布団でデザインも好きになりました。駅には、世界遺産への案内(当然、案内所はあります)、アクセスなど、すごくいいなぁと思いました。 余談ですが、駅外のトイレがウォシュレット付きでラッキーでした。