昭和の雰囲気と傘の便利さ。
津久野駅の特徴
駅の近くには大きな病院や公園があり、便利です。
MOA山月の生け花が毎週駅に生けられ、華やかさがあります。
昭和感あふれる駅や周辺商業施設が魅力的です。
付近は、江戸時代の踞尾(つくのお)村。村の80%は豊臣秀吉によって堺旧町の諸寺に与えられ徳川幕府も安堵し、残り20%は宝永年間以降旗本小出氏領だった。江戸中期以降は綿作をメインとする商品作物村となった。
西側にロータリーが設置されているのにまさかの出入り口がありませんそもそも建屋がバラックのようなトタン板で施工されており大きな駅名標も国鉄時代から変わってなさそうです周辺商業施設もとても昭和感が溢れる建物ばかりなのでそういうのが好きな方々からするととても貴重かもしれません。
昭和っぽい雰囲気の駅。トイレの場所がわかりにくく、アナウンスで「こちらにトイレがあります」といったアナウンスが流れているが、声が反響して方向感覚が全くつかめなかった。
この場所を鉄道が通ったのは昭和4年(1929年)で、阪和天王寺駅(現、天王寺)~和泉府中駅間を阪和電気鉄道が開業した時である。しかし、駅ができたのは、1960年(昭和35年)9月1日に国鉄阪和線の上野芝駅~鳳駅間に新設開業なのである。30年も遅れての開業でした。駅開業時の地名は、堺市踞尾本町・踞尾宮本町であったので、『踞尾』の文字が使用頻度が少な過ぎると、国鉄が難色を示した。実際開業すると、時刻表や切符・定期など印刷物が多い。当時から赤字経営化することが分かっていた国鉄の意見は正しかった。地元との協議があり「津久野」と当て字をすることになる。開業後4年後には堺市も地名を「津久野町」とした。小中学校名も、津久野小・津久野中となり、子どもたちの負担も少なくなったはずである。和歌山側に石津川があり、堤防を越えるために阪和鉄道開業当初より高架線であったので、駅も高架になっている。駅の鳳側・上野芝側にガードがあるが道が狭くて一方通行である。改札は南側にだけあり、そちらに南海バスのターミナルがある。泉北高速が開通するまで、ニュータウンと鉄道駅を結ぶのは津久野駅が中心であった時代もあった。周囲に向ヶ丘団地・津久野南団地・八田荘西団地があり、利用客は多い。堺市立総合医療センターも出来て、人の流れは日中にでも途切れなくなっている。踞尾の名前が残っているのは、踞尾八幡神社や踞尾池かな。
プライベートで立ち寄りました。駅前は昭和レトロ感漂う雰囲気に感じます。個人商店などが複数あり、それなりの賑わいはあります。駅設備のトイレは近代的に整備されていて利用しやすいです。体の不自由な方向けのトイレも整えられていました。
天王寺方面ホームの階段降りた所に「MOA山月」さんの生け花が毎週生けられてます。花のツボミが咲くのを見るのが楽しみなのは私だけではない❗️生け花の写真を撮ってる人を見かけました。山月さん、有り難う(^。^)
ローカル感漂う各駅のみ停車の駅ですが、付近には大きな病院や公園もあって、泉北ニュータウン方面へのバスも発着します。ロータリーはわかりやすく整備されています。
善意の傘があるので便利です。100円ローソンが近くにあるのでいいと思います。もう少し行くとセブイレが、さらに行くと堺医療センターがあります。各停のわりには駅前がロータリーになっていてバスが通っていて最初はビックリしました。
| 名前 |
津久野駅 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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無人駅で駅員さんに用事あるとき次の駅まで行きます。