八陣の庭で感じる歴史と美。
岸和田城庭園 八陣の庭の特徴
岸和田城とだんじり祭りの美しいコントラストが楽しめます。
重森三玲が手掛けた独特の作庭が魅力の庭園です。
春には梅や桜が咲き誇り、絶景の景色が広がります。
岸和田城をボランティアガイドさんの案内で回りました。やはりガイドさんの説明があるとないとでは大違いです。ありがとうございます。・岸の和田氏から来ているとされる「岸和田」の地名は、誤りであると。それ以前より「岸和田」という地名は存在した。・根来衆との岸和田合戦の時、援軍に海から来た小西行長(キリシタン大名)がポルトガル製の鉄カブトを装具していたのがタコ地蔵に見えた。・城の回りは、岸和田高校(元家老の屋敷)、元南海電鉄社長や岸和田市長を務めた寺田氏の居宅、など城下町の跡がよく残っている。・岸和田市内の中学ではクラスに1人くらい「根来」姓の子どもがいる。・神君伊賀越の後、天下人となった家康は尽力してくれた伊賀、甲賀衆を武士として大量に取り立て、各藩に分配したが、譜代大名岸和田藩には50名もの甲賀衆が分配されたらしい。
ド素人なので庭園のことは良く分かりませんが、眺めているとなんとなく良い庭だと感じます。この「八陣の庭」や作庭者の重森三玲についての詳しい説明は二の丸広場の観光交流センターにあります。
重森三玲が作庭した八陣の庭を岸和田城まで足を運んでみた。これまでは京都市内の寺院を見てきたが、八陣の庭園が諸葛孔明からインスパイアされているのが、すごく興味深かった。お城のたもとに庭園を拝する景色は戦いが始まる前の勇ましい陣立を想像してしまった。岸和田だんじりの勇壮な雰囲気もフュージョンされているのか。重森三玲の自由な創意と斬新なデザインが大将と8つの軍をモチーフとした枯山水と言うには、似つかわしくない石組みと赤砂がどの角度から見ても武田家(たけだけ)しい雰囲気を醸し出す。以前甲斐武田氏に仕えていた、岸和田城主であった岡部家へのリスペクトも重森三玲のサービス精神か?武田信玄23将の絵が思い浮かぶ。それにキース・へリングに通じるデザイン性も見ていて、ウキウキしてくる。まさに作庭の鬼才。紫陽花の季を知らせる雨であったが、訪ねる人が少なく、思う存分楽しむことが出来た。従来の城と庭園の関係性とは違い、上からも見下ろすと、城と八陣の庭が渾然一体となって勇壮な岸和田のランドマークが頼もしい。今度は、だんじりの季節に訪ねるみたくなった。
国指定の名勝とのこと。諸葛孔明の八陣法をモチーフとしており、中央の大将と天・地・風・雲・鳥・蛇・虎・龍の各陣に石組みが配されているそうです。昭和28年に竣工されました。きれいではありますが、なぜ三国志?なぜ諸葛孔明?日本の城との関連が全くなく唐突すぎて違和感しかありません。
2023/11/28(火)八陣光の庭幻想的な音楽に合わせてイルミネーションが躍る日本伝統の「枯山水」庭園と、新進の光のアートとのコラボレーションを楽しみました。
2022年末・早朝で入館もできませんでしたが外観だけでも綺麗なお城でした。・池の鴨が餌をくれると勘違いして近寄ってきます。
諸葛孔明の八陣陣のイメージで昭和の時代に作園されたものだそうです。城内に庭園はよくあるパターンですが、枯山水庭園を思わせながら陣を表す巧みさが素敵です。石の種類はわかりませんが溶岩石ではなく水晶が含まれているような艶もあり興味深いです。ベンチに座り全角度から楽しませて頂きました。
☆国指定名勝☆模擬天守再建前年の昭和28年(1953年)に設計作庭🪨☆中心に「大将」の石組、三重の上・中・下段を屈曲線で囲む城郭縄張風、三國志の天才軍師「諸葛孔明」の『八陣法』、周りを天・地・風・雲・龍・虎・鳥・蛇の石組で各陣を配置、外敵から国を守る平和を祈願して作庭した作者/巨匠:重森三玲(しげもりみれい)⁉️☆石組に独特の和歌山県沖の島産「結晶片岩(緑泥片岩)」、周りを京都白川産の白砂で囲み、砂紋を海中の蓬莱を表現❗️是非、天守最上階の展望台から、八陣全体を見渡して凝視して欲しい、良く考えたなと感心、素敵です😄そして「八陣の庭」の先に、大阪湾に関西国際空港・航空機を遠望、良かったです👀
駐車場からお城までが近く、公園エリアが適当な広さなのでお子様連れでもスムーズに行動できそうです。お城は鉄筋で風情がありませんが最上階から市内を一望できます。
| 名前 |
岸和田城庭園 八陣の庭 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-423-9579 |
| 営業時間 |
[金土日火水木] 10:00~17:00 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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2026年1月8日 参城岸和田城といえば、八陣の庭。良い!