港町牛窓の大きな灯籠。
牛窓灯籠堂跡の特徴
江戸時代に備前藩が設置した大きな灯籠です。
しおまち唐琴通りからも目立つ存在感があります。
風待ち・潮待ちの港で訪れる価値があります。
可愛い子達がたくさんいます。手ぶらNGです😊
うしまど茶屋でお昼を食べ西に向かおうと思ったら、走り出してすぐに、すごい存在感の灯篭、というか灯台が現れました。牛窓は見どころ多すぎて、前に進めない。隣の「唐琴の瀬戸」のところに駐車場があり、バイクはそこに停められ、瀬戸とセットで見物しました。牛窓灯籠堂は、明治に取り壊された江戸時代からある灯台を絵図を参考に復元したものとのこと。唐琴の瀬戸は対岸の前島まで2~300mの、大きな川の川幅より狭い海峡で、対岸が良く見えます。潮の流れも速そうで、風待ち・潮待ちの港として牛窓が発展したことがわかります。
散策途中で目立つので特に目的にしていなくても到着できそうです。途中からさくになりますが、ものすごく急な数段の階段があり、説明書きの看板があります。この辺りは特に静かでゆったりしていました。
美術館(徒歩50分)・駐車場無し?の場所です。復元されているとはいえ、歴史を感じられる良い場所かと思います。牛窓の町を散策する最後の目的地に相応しく周囲の景観も良いので行って損は無いかと思いますね。注意︙燈籠堂に上がる石段に小さなお稲荷様があるので傷付けないように。
しおまち唐琴通りを散策して、あまりの暑さにもう限界、これで終点かな~と思ったところでした。他の方がレポートされていますが灯籠なんですね。見上げると歴史を感じます。
2022/3/6来訪。復元された灯籠堂はどこからも見ることが出来るようです。詳細は瀬戸内市公式ホームページより紹介します。牛窓湊に寄港する船の航路である唐琴の瀬戸に面して建ちます。燈籠堂の創建は不詳ですが、記録より延宝8年(1680)以前に建てられたと考えられています。文化6年(1809)の記録を見ると、燈籠に鯨油が使われたことも記されています。明治時代になって堂は壊され、石垣のみ残りました。現在の堂は昭和63年(1988)に江戸時代の絵図から推定復元したものです。
とても大きな灯籠です。現在のは復元したものですが、どのぐらいの明るさだったのでしょうね。下から見るのもいいですが、近くにある五香宮の境内から見るのもオススメです。難を言えば、車を駐める場所がないことぐらいです。
江戸時代に備前藩が船の航行のために設置。4箇所あった内残っている2基の内のひとつ。昭和63年に復元だそうです。
2017年8月12日のラントレで訪れました。1673年頃の灯台です。完全復元されているのは4ヶ所の2ヶ所だけだそうです。夜、どれくらい明るかったんでしょうね。
| 名前 |
牛窓灯籠堂跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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風待ち・潮待ちの港である牛窓。宝永年間に備前藩が建築したものを、昭和63年に再建したそうです。牛窓を代表する景観です。