小松島駅跡の廃線散策へ!
中田駅の特徴
小松島線の廃線跡を歩いて到着する新しい発見がある駅です。
有名な難読駅名で、訪れる人々を楽しませています。
JR四国牟岐線の歴史を感じさせる、開業百年以上の駅です。
昔は駅舎があったと思いましたが2025年には乗車数に応じた形に変わっており戸惑いました。また機会があれば使いたいと思いました。
1985年 昭和60年3月13日までは当駅より小松島港方面へ向かう国鉄小松島線との乗り換え駅でした。
【施 設】JR四国牟岐線「中田駅」【所在地】徳島県小松島市中郷町長手14-1(北緯) 34度0分37.97秒(東経) 134度34分11.47秒【キロ程】9.2 km(徳島起点)【駅番号】M05【電報略】チテ【駅構造】地上駅【ホーム】1面2線【所 属】四国旅客鉄道(JR四国)【開 業】1916年12月15日(大正5年)【無人化】1992年07月23日(平成4年)契約社員による業務委託駅となり、午後と日曜・祝日は駅員不在となる2010年10月1日(平成22年)駅員無配置駅となる。【立 替】2022年7月(令和4年)簡易型新駅舎が完成し使用を開始。(自動券売機あり)【備 考】四国は徳島県の田舎「JR中田駅」です。島式ホーム1面2線を有する地上駅で駅舎を有しホームとの間を構内踏切が結び、ホーム上に水飲み場跡があります。駅舎内には、自動券売機があり、かつては改札内に汲み取り式トイレがありましたが、2019年12月13日に廃止となり閉鎖されました。また1985年までは小松島線の分岐駅で北側にある駅舎正面にもホームがある、2面3線の構内配線で小松島線は駅東方(南小松島側)から分岐していました。
小松島駅跡付近から廃線跡を歩いて到着しました。ここから分岐・廃線となった小松島線の方がこの先の牟岐線よりも早く線路が敷かれいていたとは訪問するまで知りませんでした。
日本で有数の難読?駅名。駅の直ぐ側にはお店がなく、ドラッグコスモスまたはハローズまで出ないといけません。駅前はちょっとした広さがありますから、地元の方が自家用車で送り迎えをする様子も。
牟岐線の駅で、小松島市にありますが徳島市との境に近いです。「ちゅうでん」と読みます。かつては国鉄小松島線の分岐駅で、駅舎に残されている国鉄時代の駅名標には隣駅の表示を消して書きなおした跡が見られます。無人駅ですが列車交換が可能です。駅舎とホームの移動は構内踏切を渡ります。
国鉄の時代小松島線が分岐していた。小松島駅までたった一区間の赤字ローカル線だけどフェリー利用客を考慮して小松島港という臨時駅が設けられていた。(扱いは小松島駅の構内。だから一区間)又、小松島駅には客貨車区があり周辺線区で使用される客車が配置されていた。フェリーから接続した列車は快速として運行され中田駅には停車せず徳島駅まで行きその先は徳島本線の急行「よしの川」となり阿波池田に向かった。小松島線は赤字ローカルで国鉄の時代に廃止され線路跡がかなり残されていると聞くが中田駅からはその面影を見出だすことはできなかった。
駅の周囲に小松島線の廃線跡が残っています。対関西の人と荷物の移動が明石海峡大橋経由に変わったから仕方ないけど、寂れた感じです。学生さんの乗降があり、生活の大事な駅です。
| 名前 |
中田駅 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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地元の人以外だと「なかた」「なかだ」なんて、まず読んでしまいますね。正しくは「ちゅうでん」です。むかしの鉄道雑誌の鉄道マニア度を調べる問題で、この駅の読み方の問題が出ていました。単なる難読駅は、日本全国に多数ありますが、この駅からは「小松島線」という日本一短い国鉄の旅客路線( 1.9 km )が分岐しており、小松島線の小松島駅(棒線駅)、小松島港駅(臨時仮駅、機回し線付き棒線駅、小松島駅構内扱い)は、本州 和歌山との連絡船のターミナル港(紀和航路(南海フェリー)を介して関西地区⇔四国の連絡船の役割。)の駅でもあったために重要視されていたからです。児島坂出ルートの本四備讃線開業前の岡山県の宇野線のような位置づけで、短くても本線のような扱いでした。そのため、長距離客を運ぶ急行列車(「よしの川」をはじめ、「阿佐」「いしづち」(徳島⇔小松島港間は快速、普通)等)も小松島線に乗り入れていました。「よしの川」「阿佐」は高知方面、「いしづち」は松山方面です(キハ55,26,58,28,65,等)。徳島港が、遠浅で船が座礁しやすかったので、小松島港の方が利用しやすかったために、こちらの方が徳島におけるメインの海の玄関口になっていた時代の話しです。だから小松島駅構内には、小松島客貨車区や徳島気動車区の支所が設置され、徳島地区の交通の要(かなめ)にもなっていました。しかし、当線の主要な役割であった旅客船の乗客輸送は、徳島港の浚渫(しゅんせつ:港などの水底に溜まった土砂やヘドロを掘り起こし、取り除く工事のこと。)など港湾整備が進んだことから、旅客船は徳島港の方に移行し、小松島港の方は、貨物船のみの港になってしまいました。このようなことで、徳島地域における本四連絡の大役を担ってきた小さな路線である小松島線は廃止されました。1985(昭和60)年3月14日のことです。この年は、日本全国的にも鉄道界での大変革があった年でもありました。かつての小松島線の線路跡は、歩行者 自転車専用道路や 一部公園等となり、中田駅は、2010(平成22)年には無人駅になりました。普通の田舎の駅に戻った感じです。現在の中田駅の風情からすると、当時のことを想像することは難しいようにも思えます。