筑後市の玄関口、羽犬塚駅で待ってます!
羽犬塚駅の特徴
JR九州の鹿児島本線が通る、筑後市の中心駅です。
待合室や売店があり、筑後のお土産も豊富に揃っています。
特急列車がかつて停車していた、興味深い駅名です。
鹿児島本線の駅です。かつては西鹿児島や熊本を目指すブルートレインが激走したのは昔話で九州新幹線と並行したローカル線の様な雰囲気。駅は上下線独立構造で8両編成でも停車出来るほど長く跨線橋にて接続。改札は下り側のみでトイレもあります。開催には待ち合い場所もあって便利ですが、駅前通りは静かでsづ。
筑後市の実質的な玄関口。このほかJRにおける八女地域の玄関口でもある。駅前からは久留米や船小屋、大川方面へ西鉄バスが出ているほか八女の各地へは堀川バスが発着している。筑後市は交通の便がよく、古くから久留米市や福岡市などの通勤圏として人口も増加傾向だったが列車の減便および博多駅までの所要時間が長くなるなどその利便性が損なわれかねない事態になっているようだ。筑後市およびJRの対応が注目されている。
待合室、売店があり、筑後のお土産も売ってます。駅前にはバスが発着しており、船小屋、久留米を結ぶ路線が来ています。あと大野島農協前行きの始発停留所でもあります。出口は一つだけで反対側へは跨線橋を利用することになります。確か筑後市の市長さんがJR九州に便数を戻して欲しいと陳情してましたが、難しいでしょうね。増やそうにも車両が足りないんですから・・・それと駅から少し行くと堀川バスの乗り場があります。あと恋木神社は近くですよ。
名古屋までの新幹線のチケット買いに行きました。えらいラフな制服だなぁ〜大丈夫かなあ〜と思ったけど、的確、丁寧な対応でした(^^)筑後エリア鉄道の玄関口。
その興味深い駅名からいつか行きたいと思っていた駅です。またここが私が来訪した中で最南端の駅です。駅前にある地名の由来が書いてある看板を読むに、なかなか面白いストーリーです。駅舎内には窓口とコンビニがあり利便性はまずまずですが、他の方も書いてるとおりいかんせん窓口の営業時間が正午までと激短なので、九州中部民以外の窓口来訪は難易度高めといえましょう。中国地方住みの自分は小倉からソニックに乗ってなんとか間に合わせました。しかし、筑後市の玄関口という役目を担う駅であり、かつかなり新しい駅舎に窓口のスペースがしっかり確保してあるところを見ると、窓口の閉鎖自体はまだ先でしょうね。
筑後市の中心駅かつ八女市への玄関口のひとつで、かつては停車する特急列車もあった…が、新幹線は素通りして隣の筑後船小屋駅に止まる(かつては特急も停まらない無人駅だった)。政治の闇に潰された悲運の駅といってもよかろう。
羽犬塚駅は、JR九州の鹿児島本線の駅です。1891年(明治24年)、九州鉄道の駅として開業しました。1907年(明治40年)九州鉄道の国有化により国鉄の駅となりました。2009年(平成21年)、現駅舎の使用を開始しました。線路東側に駅舎があり、駅舎側に単式ホーム1面1線の下り本線、駅本屋と反対側に島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅です。駅名となっている古くからの宿場町である「羽犬塚(はいぬづか)」という地名の由来は、400年前から続く二つの伝説にあります。どちらも犬を塚に葬ったというのが由来で、天下統一を目指す豊臣秀吉の行く手を阻んだ羽犬が仕留められた説と秀吉の病死した愛犬が羽が生えたように素早かった説です。近隣にある宗岳寺には今もこの塚が残されています。駅前には羽の生えた犬の像があります。「羽犬塚(はいぬづか)」という地名は、かつてあった筑後久留米藩の上妻郡(かみつまぐん)羽犬塚村に由来します。明治9年(1876年)秋松村・藤島村が合併して、山ノ井村が発足しました。明治22年(1889年)山ノ井村・熊野村・蔵数村・久富村・羽犬塚町・徳久村が合併して、羽犬塚村が発足しました。大正4年(1915年)羽犬塚村が町制施行して羽犬塚町となりました。昭和29年(1954年)羽犬塚町・水田村・古川村・岡山村が合併して、筑後市が発足しました。
| 名前 |
羽犬塚駅 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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快速列車の一部が行き先にしている駅ですね。今回はマンホールカードをもらいに行くために下車。うーん、普通の駅ですかねぇ。