黄瀬川に寄り添う長久保城の跡。
長久保城趾の特徴
長久保城跡は江戸時代に廃城となった歴史的な場所です。
城跡は南曲輪と八幡曲輪が残り、守りの堅い形状が特徴的です。
城の周辺には黄瀬川の河岸段丘があり、自然の美しさが楽しめます。
2025.10.12最初に ながいずみ観光交流協会(長泉ビジターセンター。コミュニティながいずみ2F)で情報収集。🅿︎有料ですが館内の機械を通すと1H無料になります。土日もやっています。長久保城の詳しい説明を聞く事が出来、よかったです。町内の名所のパンフ、長久保城御城印もあります(¥300)その後 城山神社脇🅿︎に駐車。ただ、長久保城は石碑と、神社に土塁・曲輪が残っている程度でした。石碑に移動すると石碑前のイチョウ並木の腐ったぎんなんの数がハンパない。清掃する人もいない様で、踏まずに石碑の写真を撮るのに苦労しました。
駿河と伊豆の国境に位置し、黄瀬川と支流の桃沢川を臨む戦略的に重要な平山城です。今川・北条・武田がこの城をめぐって争いました。天正18年(1590)には小田原攻めの前に豊臣秀吉と徳川家康が城内で山中城攻めの最後の軍議を練ったと伝わります。現在、遺構は城山神社に曲輪、小学校の近くに横堀が残っているくらいで、ほとんど消滅しています。城巡りするには、かなりマニア向きです。城山神社から石碑まで歩くと城の規模が実感できます。先に長泉ビジターセンターを訪問して情報を仕入れてから城跡に向かうのをお勧めします。
いわき市勿来地区の長久保氏のルーツてあると聞き、行ってきました。神社の中と道路を挟んだところに石碑がありました。神社には土塁が残っているのが見ることができました。お城の痕跡は確認できました。
現在は城山神社公園として近所の方々の憩いの場所となっているようです。少ないながらも無料駐車場もありますし、目の前には大型商業施設もありますので、不便はしないと思います。公園とは少し離れた場所に大きな石碑もありましたので、併せてそちらも見ると良いでしょう。
お城の跡と言うか、隣にちょっとした公園を併設した城山神社があります。都会の真ん中にある癒しの空間です。
元はそこそこ大きな城だったみたいだが。開発やら道路で、現在遺構は神社有るところの少しか残って無い。土塁や曲輪の跡がわかります。
城山神社のあるところが長久保城の一画になります。城山神社だけでも、城跡っぽい雰囲気を醸し出していますが、ここだけだと縄張り全体の4分の1くらいでしょうか。石碑と説明碑は、246号を渡った三菱アルミセンターの脇にあります。
駐車場は神社の裏手、すなわち城山通りから桃沢方面に行く道路に入り、すぐ右の道に入るとあります。
江戸時代に廃城立とか、三方を道路で囲まれ、西方に多分二の曲輪?が有ったのでは、平城故徐々に高く帯曲輪の様に土塁があったのでは、公園といえ寂しいですね。
| 名前 |
長久保城趾 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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戦国時代に今川氏、武田氏、北条氏の間で国境争いが繰り広げられたこの地で、北条氏が築城。広大であった城域も開発により消滅し、現在は城山神社周辺を公園化して、土塁や曲輪跡を保存しています。また、駐車場も完備しています。